第二章 逆さ鳥居の神社編 エピローグ
第93話
崩壊する洞窟を抜け結界により入口を隠されていた大岩から抜け出した俺は、少し離れた場所で倒れている紅幸子を見つける。
彼女に近寄り肉体の損傷を確認しつつ、山城綾子の容態も確認する。
「二人とも無事なようだな」
「ぶ……無事じゃない……わよ……。いきなり、体全身から変な音が聞こえてきたと思ったら……」
「激痛がしたか?」
「そうよ……。知っていたのね?」
「まぁな」
俺が使う身体強化は、魔法ではない。
本来であるなら、人間の肉体が潜在的に秘めて使わずに眠らせている力を無理矢理引き出しているに過ぎない。
俺は紅幸子の脳内リミッターを一時的に解除し、肉体の視神経を強化し、痛覚を麻痺させた上で、山城綾子を運ばせたのだ。
常人が生涯振るうことはない力を使った反動は、肉体再生を自身で行うことが出来ない紅幸子には地獄のような痛みだろう。
「こ、これ……、わたし……どうなるの?」
「大丈夫だ。今、治療する」
紅幸子の身体に触れる。
「ふむ。5か所の骨折に6か所の筋肉断裂か。この程度で済んで、不幸中の幸いと言ったところだな」
診察をしたあと、すぐに彼女の細胞を操作し肉体を修復する。
しばらくして紅幸子はゆっくりと体を動かすと、俺を睨みつけてくる。
どうやら、かなり御立腹のようだな。
「すまなかったな。騙すようなことをして――。それで、肉体の方はどうだ?」
「どうだって……あんたね! こうなるなら、こうなるって先に言っておいてくれないと困るんだけど!」
「それだけ元気があるのなら問題ないな」
俺は立ち上がり、地面の上に転がっている山城綾子の元へと向かい、彼女の横に膝をつけて抱き上げる。
「とくに怪我とかはないようだな」
多少の切り傷などはあるが、許容の範囲内。
俺は山城綾子を抱き上げたまま、彼女の傷を修復していく。
「すごいわね……それ……、貴方、本当に何者なの? 人の身体の傷が、一瞬で塞がっていくなんて、目の前で直に見ていても信じられないわ」
「それは――」
「企業秘密だって言うんでしょう?」
「分かっているならいい」
「まったく……本当に何者なのよ……」
呆れた様子で溜息をつく紅幸子は、肩を落としたあと、俺を真っ直ぐに見てくる。
「それで、私と約束した事は守ってくれるのよね?」
「ああ、神に聞きたいことがあるって件だよな?」
「ええ。そうよ」
「それは後日になるが、問題ないか?」
「ええ。分かっているわ。神様だって、そんなに暇ではないでしょうし、それぞれの社にいるのでしょう?」
暇ではないか……。
山崎から話しを聞く限りでは、アイツの家に居候している身のようだから、暇そうに見えるがな……。
「そうだな。後日、連絡とかどうだ?」
「いいわよ。はい、これ」
俺は預けていた携帯電話を受け取りながら紅幸子の方を見る。
「貴方の携帯電話に私の電話番号入れておいたから、時間が出来たら電話くれればいいから。――でも! 一言、言っておくけど約束を反故するのは許さないからね」
「分かっている。冒険者は約束を違えないのが信条だからな」
「冒険者って……、何かの異世界系の作品の影響でも受けているの?」
「まぁ、そんなところだ」
俺は、山城綾子を両手で抱きかかえながら肩を竦める。
「それよりも、神様を倒したのよね? 大丈夫なの?」
「何がだ?」
「だって、日本の神様は呪うこともあるって聞いたことあるもの」
「それは問題ない」
俺の魂は既に呪いなんて生易しいモノで構成なんてされてないからな。
「そうなの……、それなら良かったわ」
「ああ、倒したというか消滅させたからな」
「――え? 神様って信仰される限りは不死身とか聞くんだけど……」
「まぁ、そういうこともあるな。それよりも、幸子」
「何よ?」
「学校の連中の避難を理事長に頼んだと聞いたが、よく許可が出たな?」
「ええ。山城綾子さんが神隠しにあったから、助けるためには学校の敷地から生徒を避難させる必要があるって伝えたのよね。――で、その方法は、不発弾が見つかったってことにしたわけ」
「なるほど……。一応、理由付けはしたわけか」
「ええ。ただ、不発弾が理由だと、警察関係がすぐに動きだすから、一時しのぎにしかならないし……」
「不発弾が見つからなければ問題になると言う事か」
「そう。でも、洞窟が崩落するほどの地響きが連続して続いたのなら誤魔化せるわよね?」
「まぁ、そうだな」
俺は、答えながらも日本の警察は優秀だからなと、心の中で思う。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ? だって、祭壇があったのよ? しかも過去の! いつの時代に作られたものか分からないものがあったのよ? 間違いなく神社庁が首を突っ込んできて、不発弾と言う体裁を利用して、調査が終わるまでは、しばらく封鎖するはずよ?」
「そういえば、神社庁という存在がいたな」
「ええ。だから、大丈夫」
「そうか……」
「――で、これから桂木君は、どうするつもりなの?」
「そうだな……。とりあえずは、病院に戻るさ」
「山城綾子さんの容体の確認? ではないわよね……。貴方の力があるなら、病院に行く必要すらないものね」
「まぁ必要があるかどうかは別として、コイツの母親を助けるという約束をしたからな」
「そう。約束は、冒険者なら守らないといけないものね!」
そう言いながらニヤニヤと俺の方を見てくる紅幸子。
「お前、イイ性格しているな」
「貴方ほどではないわ。桂木優斗君」
「俺のことは優斗でいい」
「そう。それじゃ優斗、病院までは送るわよ? 車あるし。その方が、貴方にとってもいいのでは?」
「そうだな……。お言葉に甘えるとするか」
「それじゃ貸一つね」
「お前、本当にいい性格しているな」
「よく言われるわ」
「まったく……、わかった。何か、一つだけ困ったことがあったら助けてやる。それで、貸しはなしだ。いいな?」
「ええ。十分よ」
ニコリと微笑んでくる紅幸子に俺は心の中で溜息をつきながら、学校に向けて、山城綾子を両手で抱きあげながら歩き出した。
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