第90話
「消えるがよい! 矮小なる存在よ!」
ピラミッドの頂上部分に浮かんでいる青い炎の塊――、それを中心に軽く3桁近くの直径20センチほどの赤く燃える炎の塊が出現し、俺目掛けて飛来してくる。
「コイツの身体はどうでもいいのか!」
俺は、両手で抱えている山城綾子の身体を傷つけないように、炎の玉を避けていくが、いくつか背中や足に被弾する。
被弾した個所は、熱と衝撃だけ与えて、一瞬で鎮火していく。
「アストラル系に属する攻撃か!」
魂だけが、体から抜け出ている状態の山城綾子の身体を両手で抱きかかえたまま、周辺を感知しつつ避け続けるが――、無数の攻撃を避け続けることはできない。
何せ、意識が存在していない肉体という器。
つまり、肉体に負荷が掛かった際に無意識に力を入れて負荷を軽減することが出来ないということだ。
それは逆に言えば、俺自身の動きをセーブしなければ、普通の人間の身体である山城綾子の肉体を俺が壊してしまう事になりかねない。
そこまで考えたところで、俺はハッ! と頭上を見上げる。
大空洞の天井の高さは30メートルを超える。
その天井には無数の――、1000近い炎弾が存在していた。
「まずいっ!」
俺は迷わず山城綾子の身体を地面の上に横にしながら、覆いかぶさる。
それと同時に、無数の炎弾が天井から降り注ぎ――、爆風と熱と――、そして衝撃が、俺の身体を破壊していく。
「ハハハハハハッ! 愚かな! 愚かな人間よ! ――ん? まだ、生きているのか? すでに魂は消し飛んでしまってもおかしくないほどの攻撃であったはずだが?」
声が聞こえる。
俺は、肉体再生を行いながら立ちあがる。
「――なん……だと……? 五体満足に、生きているというのか? 精神を焼き尽くす神の炎を? あれだけの炎であるなら肉体も消滅していてもおかしくは……」
「山城綾子!」
俺は叫ぶ。
「何を、いまさら叫んでおる? それよりも貴様、どうやって生き延びた」
問うてくる神を無視しながら俺は口を開く。
「綾子! 貴様は、何をしている!」
俺は、注視する。
波動結界を展開しながら、神に呑み込まれた山城綾子の存在――、魂に語り掛ける。
肉体は器であり、魂が存在しなければ何れは朽ちる。
そんな事になれば、山城綾子の警護を任された俺の任務が失敗することになる。
だからこそ、まずは山城綾子の意識を戻さなければいけない。
「まさか、貴様……、すでに我が喰らった巫女の魂に語り掛けているのか?」
「黙れ! 独りよがりの神が!」
俺は、神を一括する。
さらに言葉を紡ぐ。
「綾子! 目を覚ませ! お前が、ここで死んだら、悲しむ奴がいるだろうが!」
俺が知っている限り父親である山城裕次郎は彼女を――、山城綾子を大事に思っていることは知っている。
「……だれ?」
よし! 俺の波動結界が、綾子の魂を確認した。
俺は、彼女の魂を波動結界で手繰り寄せながら――、干渉しながら声をかける。
「誰じゃねえ! 桂木優斗だ!」
「ゆうと……? 桂木くん?」
「ああ、桂木優斗だ! お前、何を絶望してやがるんだ!」
「もういいの……」
「何がもういいだ!」
こいつが諦めたら、俺が受けた依頼が失敗するだろうが!
そんなことはSSランクの冒険者である俺が許容することはできない!
「だって、私の……、私のお母さんは、私の病を引き受けて10年以上も苦しんだから……。それに私は、私の身勝手で、お母さんを殺したから……、だから、もういいの」
「なるほど……、だが! お前は勘違いしているぞ! 綾子!」
「かんちがい?」
「ああ。お前の母親は現時点では生きている!」
俺の言葉に、青い炎が揺らめく。
「なんだと!? まさか……。そんな……馬鹿な? だが! 多少、延命したところで時間稼ぎにしかならないことは変らん!」
「そう。もう……、いいの。お母さんの寿命は短くないから……。それは、私も分かるもの」
「なるほど……。つまり、お前の母親がキチンと生きられば問題無いと言う事だな?」
「愚かな人の子よ。そのような真似が神たる我にも不可能に近いことを人間である貴様が出来るわけが……」
「俺が、何とかしてやる! 山城綾子! お前を守ると! その警護をすると! 俺は、引き受けたからな! このSSランク冒険者である桂木優斗が、お前の母親の命を――、病を完治させてやる! それで問題ないだろうが!」
「……でも……そんなことは出来ないって……」
「今度はマジだ! この俺様の辞書に不可能という文字はない! 山城綾子! 選べ! 自分の母親が死に、そして――、お前自身も死に、父親を悲しませる未来か……」
俺は、一呼吸置いてから口を開く。
「誰もが笑って暮らせる未来を掴むか! お前が選べ!」
「……そんなこと可能なの?」
「ああ。俺が保証する! この『最強の英雄』が保証してやる!」
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