第89話


 青い炎から、揺らめく青い炎の触手が山城綾子の体に巻き付いていき持ち上げる。

 それを見て、俺は大空洞に向けて走り出し――、大空洞に入ると同時に跳躍――、ナイフを両手に持ち振るい、触手を両断する。

 

 触手に持ち上げられていた山城綾子の体は、大空洞の地面へと落ちていくが空中を蹴り、地面へと着地すると同時に落下してくる綾子の体を受け止める。


「……何者だ?」


 感情を一切感じさせない声ではなく――音。

 それが、俺の鼓膜を揺さぶる。


「桂木優斗だ。そんなアンタは、豊雲野神(トヨクモノノカミ)でいいのか?」

「ほう。我の名を知っておるとは――、真名ではないとしても、我が名を知っている者が、まだこの地に居ることに驚いたぞ? 人間」

「そいつは、どうも――」

「だが、人間よ」

「ん?」

「その巫女の身体は契約によりもらい受ける事となっている。魂は、もらい受けた。あとは肉体だけだ。その亡骸を置いて去るがよい。今の我は、契約を終えたばかりで気分がよい。いまは我の前で、巫女の身体を喰らうという儀式を中断させた汝の無礼を許そうではないか」


 俺は、神の言葉に肩を竦めて上を見上げる。

 視線の先には揺らめく青い炎が存在している。


「なあ、本当に、お前の目的は綾子の身体を喰らう為だけなのか?」

「何が言いたい?」

「――いや、こいつには、何の力もない。なのに、巫女呼ばわりする事に違和感を覚えてな。こいつは、俺の推測だが――、肉体が耐えられない力をわざと付与することで、契約を無理矢理結ぶという方法をとったんじゃないのか?」

「……ほう。何を根拠に、そのような戯言を」

「ちょっとな、以前に同じような事をしたやつを知っているんだよな。自分の力を取り戻す為に、信者の身体を利用しようとした奴をな。――で、肉体を差し出させる為には精神的な消耗と絶望が必要不可欠な訳だ。お前が、やったことは、それに似ていたからな」


 まぁ、その邪神は俺がぶち殺したが――。


「ずいぶんと面白い想像をする。すでに神話時代の力を失った現人類が、見てきたような口ぶりで語るのが――」

「いや、実際に目の前で見たからな」

「――何!? 戯言を……」


 青い炎は揺らめく。

 それと同時に背筋に寒気が走る。


「ほう。貴様――、桂木優斗と言ったか……」

「ああ、そうだ」

「貴様は、ここにどのようにしてきた? 汝を、ここに招待した覚えはなかったが?」

「いまさら聞いてくるのかよ。決まっているだろ」

「なるほど、我が神使を殺したのは貴様か!」

「ご名答だ。――で、俺からの提案なんだが、山城綾子の魂を返してもらえないか?」

「何!? 貴様! どの面を下げて、私の前に来て、さらに交渉を持ち出してきているのだ! 貴様は、我が、どのような存在かを理解しているのであろう?」

「だから交渉するんだろう? 山城綾子は、俺から見て死ぬ人間じゃない。その人間を神の都合で殺すのはやめろと言っているんだ。ちなみに母親の方は死んでも問題ない。それは、すでに寿命と言う事で決定しているからな。ただし、俺が見立てた日数までは生かすことは条件だが――」

「ハハハハハハッ! 何と言う……何と言う……、人間が、そのような尊大な態度で我に交渉を持ち出してくるとは思わなかったぞ!」


 おや? どうやら好感触のようだ。

 これは戦わずに話し合いで済みそうだな。


「よかろう! 貴様は、我が神使を殺したことも含めて、この場で、その魂ごと消し去ってやろう!」

「俺は平和主義なんだがな……」


 肩を竦めて答えながら、ピラミッドから距離を取る。


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