第75話
「そうか」
そう返してくる山城の父親の後を付いていく。
部屋の近くのエレベーターに乗り、到着したのは屋上で――、洗われたシーツなどが並べられて干されていた。
シーツが干されている中を、二人で歩き上がってきた場所とは反対側の手すりにまで来たところで、山城裕次郎は、振り返り手すりに背中を預けながら俺の方を見てくる。
「すまなかったね」
「何のことだ?」
「君に無理を頼んでしまったことだ」
「ああ、それは綾子が俺の家に泊まりに来ていることか?」
頷く山城の父。
「気にするな、俺は依頼を受けたと思って割り切って対応している」
そう――、冒険者ギルドで貴族や商人の護衛任務を受けたときは、宿で一緒に暮らした時もあった。
それと同じようなものだ。
むしろ、威圧的な態度をとってきた貴族と比べれば遥かにマシの部類だろう。
「ハハハッ、そう言ってくれると助かるが……。君は、本当に高校生なのか? と、疑ってしまいそうになる。何というか、胆力というか君には、失礼な言葉遣いをされても、納得できてしまうほどの説得力を感じる。それに――」
「失礼な言葉遣いか」
「おや? 誰かに、指摘されたのかね?」
「まぁな」
それは、都にも山城綾子にも言われた点だ。
だが、俺は、この言葉遣いを訂正するつもりはない。
「そうか。そういう友人は大事にした方がいいと私は思う」
俺は肩を竦める。
「余計なお世話だと言うのは分かっているがね」
「そうだな。――で? 先ほど、言いかけていたのは何だ?」
「君の、我が校に受験する前に届けられた内申書を確認させてもらったが、部活などは特にしておらず、中学では大人しく問題を起こすような生徒ではなく、どちらかと言えば、クラスでは浮いていたと書かれていた」
「浮いていたね……」
俺は自嘲気味に笑みを浮かべる。
「ようは虐められていたということだね?」
「よく分かるな」
「これでも教育の現場を見てきたし、病院や企業を経営しているのだ。人を見る目はあるつもりだ。だが――、この内申書から読み取れる内容と、今の君は、まったくの別人に思えて仕方ない」
「なるほど……」
つまり、俺を観察していたということか。
どうりで、何かにつけ注意をしてこなかったはずだ。
「否定はしないか?」
「否定も何も人間というのは第一印象が全てだからな」
「たしかに――、頭のいい人間、プライドが高い人間ほど、第一印象で評価した自分自身の考えを変えようとはしないね。――だが、君は、それでいいと思っているのかね?」
「思うも何も、特に気にしたことはないな」
「そうか。ますます君という人間が分からなくなった」
「人間の本質なんて、そんなに簡単に分かるものではないだろう?」
「それはそうだが……。君の考え方は、明らかに学生のモノからは逸脱しているように思えてならない。会話をしていても、まるで私よりも年を重ねてきた年長者と話をしているような気がするのだ」
さすがに教育機関の理事をやっているだけあって鋭いな。
少なくとも、山城の父親よりも俺の方が年上だろう。
それに話をしていて気が付くとは――。
「そんな事がある訳がないだろう」
「そうだな……」
山城の父親は、頷く。
「桂木君。君を、ここに娘が連れて来たと言う事は、事情は聞いているのかな?」
「事情? それは綾子の母親の事か?」
「ああ。そうだ」
「とくに詳しいことは聞いてないし、聞く必要もないと思っている」
「――なら、どうして病院にまで……」
「先ほども説明したが、お金を貰っている以上、山城親子は、俺のクライアントであり、クライアントの意思を尊重するのは、仕事請け負った務めだろう?」
「なるほど……。本当に学生らしくない。君にも授業があるだろうに」
「ソレは別に気にしてない」
「そうか……。娘が無理を言ってしまったことは分かっていたが、君が娘をクライアントとして見ているのなら納得できた」
「話は、それだけか?」
「ああ……」
「そうか、それなら俺は戻らせてもらう」
俺は、山城の父を、その場に置いて病室に戻ってきているであろう綾子の元へ戻るために歩きだすが――。
「桂木君。妻の最後を……、死ぬ前に妻に娘を合わせてくれたことを感謝する」
「どういうことだ?」
俺は振り返る。
「最近は、妻の容態が良かったのだが……、娘が君の家に泊まりに行ってから容態が急変したのだ。もう、長くはないと医者から言われていてね。娘が倒れるようになってから、娘は妻への見舞いを止めていたのだが――、だから君には感謝している」
「そうか」
それにしても、俺の家に泊まりに来るようになってから容態が急変か。
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