第76話

 屋上から降りてから病室に向かう。

 そして――、病室に近づいたところで、俺は足を止める。

 

「これは……、綾子の声か?」


 病室入口までは数メートルの距離があったが、それでも聞こえてくる。


「先生、お母さんは……、お母さんは、どうしてこんな事になっているのですか?」

「それは、昨日から容態が急変してね。これは、理事にも説明したが、今までは小康状態だったのだが――、いや――、小康状態だったことすら奇跡だったと言い直した方がいいか」

「どういうことですか?」

「君の御母さんは、筋萎縮性側索硬化症の進行により既に呼吸障害を併発していた。だが――、それを機械が補っていたことは説明したはずだ」

「……でも、それでも! お父さんは、御母さんが数日前は話せるまで回復したって!」

「ああ。だから奇跡が起きたと我々、医師は思っていた。ただ――、それは本当に奇跡だったようで、昨日から意識を失い、自力で完全に体を動かすことも出来なくなり、瞼も空けることも出来なくなった」


 どうやら、山城綾子は、母親の容態について確認しているようだが……。

 数日前までは、会話が出来るまで回復したって所が引っかかるな。

 それに昨日から容態が急変したということも。


「だから、君も覚悟を決めてほしい。おそらく、近い内に――」

「そんな!」


 山城綾子の悲痛な声が聞こえてくる。

 そして、扉が開き白衣の男が出てくる。


「失礼」


 医師は、それだけ告げると俺の横を通り過ぎていく。

 そして――、病室内からは感情を押し殺した泣き声が聞こえてきた。


「まったく……」


 俺は背中を壁に預ける。

 山城綾子が泣き終えるまで、俺は待つ事にした。

 しばらくしてから声が聞こえなくなり、俺は小さく溜息をつきながら病室に入る。

 

「泣き疲れたのか」


 俺は病室で機械に繋がれて生かされている山城の母親の傍らで寝ている綾子を見下ろしながら呟く。

 

「仕方ないな」


 俺は、コートを脱ぎ綾子の上半身に羽織わせておく。

 クライアントが風邪など引いたら面倒だからという理由だけだったが――。

 しばらく起きるまで付き添いでもするかと思ったところで、ズボンの中に入れていた携帯が振動する。

 すぐに病室を出て電話に出る。


「お兄ちゃん! 都さんが来ているんだけど! どういうことなの!?」


 どうやら、都は家に到着したらしい。

 本当に泊りに来るとは思わなかったが、本当にきたようだ。

 まぁ約束は約束だからな。


「都だが、数日間――、家に泊まることになった。理由は、山城先輩が俺の家に寝泊まりしているのは危険だからという理由らしい」

「ふーん、へー」

「何だよ……」

「べつにー。それじゃ、お兄ちゃんが許可を出したってことなの?」

「そうなるな」

「はぁー。分かったの。お兄ちゃんが許可したのなら、私は何も言うけど! きちんと事前に確認とってよね!」

「そこは何も言わないけど? じゃないのか?」

「そんな許可は出せません!」

「そうか……」

「――でも、そうすると都さんは、どこで寝泊まりするの?」

「胡桃の部屋でいいか?」

「つまり一緒にってこと?」

「そうなるな」

「んー。でも100万円貰っている山城さんから部屋を奪う事はできないものね」

「そういうことだ」


 俺と妹が通話していると電話口から「――え? 何? お金を出せば好きな部屋で泊れるってこと?」と、いう都の声が聞こえてきた。

 それに対して妹が「そんなこと言ってないから!」と、突っ込みを入れている。


「200万円でどう? コレで優斗の部屋で!」

「おい、何の商談をしているんだ?」

「お兄ちゃんは黙っていて! いいわよ! それで! それで、何処の部屋で泊りたいの?」

「優斗のベッドで!」


 次々と聞こえてくる都の声。

 まったく俺のベッドで寝たいとか変態すぎるだろ。

 さすがに、そんなアホな提案を受け入れないと思っていたが妹はアッサリと了承してしまう。

 つまり、俺は廊下で寝ろってことか……。

 俺は提案を却下する旨を妹に告げようとするが、そこで再度電話が鳴る。


「何だ?」

「山崎です。以前に、桂木さんから調べてくれって言われていた件ですが――」

「もう調査が終わったのか?」

「終わったというか民間伝承に近いんですが……、桂木さんが通っている山王高等学校の近くには、昔に【病の神】を奉っていた神社が存在したそうです」

「病の神?」


 そんな神がいるのか。




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