第74話
「ほー」
外から見ても、病院は立派な建物だと思ったが内部も、かなり金が掛っている。
右手には大きなカウンターがあり、その前には100席以上の椅子が並んでいるばかりが、ほぼ全てが埋まっている。
時折、流れるアナウンスから会計待ちだというのは一瞬で理解できた。
左手には、ATMのような機械が置かれており、そこで診察の申し込みをする形になっていて――。
「優斗君?」
「ああ、何だか随分と立派な建物なんだな」
「そうね。千葉の大学病院の中では一番の規模と設備を揃えているから」
「なるほどな」
それにしても、千葉で一番か……。
100万円という大金を一括で出せるはずだよな。
一人納得している間にも、山城綾子は建物入口から真正面にある円形のカウンターへと歩いていく。
「インフォメーションセンターか」
日本語で言う所の案内所――、受付ってところだな。
俺が見ている中で、受付にいる紺色の制服を着た女性と短い会話をした後、俺の方へと戻ってくる。
「優斗君。付いて来て」
「今の女性には見舞いの許可を取ったという所か?」
「許可と言うよりも、私が病院に来たことをお父さんに伝えてもらえるように言っただけだから」
「なるほどな」
「それに受付は、見舞客の相手なんてしないわ」
「どうしてだ?」
「そもそも、ここは診察を受ける病棟だから」
「ああ、なるほど。つまり、見舞客とは入口が違うってことか」
「そうなるわね」
山城綾子の後ろを歩き、インフォメーションセンターを通りこし、病院内の雑貨店やコンビニ、飲食店も通り過ぎる。
「何と言うか、金が掛っているよな」
「そうね」
「俺の知っている病院って、医師が一人と看護師が数人で切り盛りしているような病院なんだが」
「一般の診療所だと、そういう所が多いわよね」
どうやら俺が思っているよりも山城綾子はお嬢様のようだ。
「優斗君」
「――ん?」
「私のこと、お金持ちのお嬢様だとか思った?」
「そりゃ思うだろ」
誰が、どう見ても大病院を経営をしている経営者の娘で、学校の理事長の娘とか言われたら、金持ちとしか思わないだろうに。
「……そう」
俺の返答に短く答えてくると、山城綾子は近くのエスカレーターに乗ってしまう。
「まったく、何だって言うのか」
彼女の後を追ってエスカレーターに乗り7階まで上がったところで、エスカレーターから降りる。
しばらく彼女のあとを付いていく。
「脳神経内科?」
いくつもの診察室の前を通り過ぎるが、脳神経外科や内科と言ったプレートを掲げている部屋を見かけることが増える。
そんな中、俺の前を歩く山城綾子の歩みが早くなったのを感じながら付いていくと、何のプレートも掲げていない部屋が増えていく。
そして――、その中の一室――、扉の前で山城綾子が足を止めた。
――山城恵子? 先ほどから、一切、話さなくなった綾子の後ろ姿を見ながら、俺は部屋のネームプレートを見ながら考えを巡らす。
おそらく、家族の誰かだと言うことは予想がつく。
後ろから彼女の背中を見ている中で、山城綾子は何度か深呼吸を部屋のドアをスライドさせた。
ガララッと、小さな音が病院の廊下に響く。
「お母さん!」
元気よく部屋へと入っていく綾子。
ただ――、その言葉に対して返ってくる言葉はなかった。
「今日は、お見舞いにきたの!」
後ろから、彼女が話しかけている女性へと視線を向ける。
女性は、幾つもの機械に繋がっており、ずっと瞼を閉じたまま何の反応も示していない。
そんな中でも、山城綾子は、俺が知っている彼女とは――、まったく違った様子で楽し気に学校でのことを話している。
「えっとね! こっちにいるのは、桂木優斗君って言うの」
自己紹介か? それにしても――、話しかけても何の反応も示さないということは寝ていると言うことか?
「――わ、私の……。私の彼氏なの!」
「おい」
俺は思わずツッコミを入れるが、綾子は俺の足を踏んでくる。
どうやら、話を合わせろという意味合いらしいが――、寝ている人間に対して戯言を語っても意味はないだろうに。
内心、溜息をつきつつ、仕方なく話を合わせることにする。
まぁ、寝ている人間の前なら問題はないだろう。
黙って、俺を紹介していく山城綾子。
ただ、俺のことを面白おかしく脚色するのは止めてほしいが――。
しばらくして、会話が途切れたところで山城綾子が売店へ花を買いにいくと部屋から出ていく。
「――おや? 桂木君ではないか?」
「理事長?」
綾子と入れ替わりで部屋に入ってくる高校の理事長――、山城裕次郎。
「娘は一緒ではないのか?」
「花を買いに行くと」
「なるほど……」
俺の返答に頷く理事長。
「桂木君。綾子は何か言っていたか?」
「俺のことを――」
「ああ、それ以上はいい」
何かを察したのか、俺の言葉を制してくる理事長は、視線を寝たきりの女性へと向けたあと、部屋から出ていこうとしたところで足を止める。
「桂木君。少し、話をしたいがいいかね?」
「別に構わないが?」
俺は肩を竦めながら答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます