第63話

「それで、お兄ちゃん」

「ん?」

「今日のベッドのことだけど……」

「それなら、親父とお袋のベッドを使えばいいんじゃないか? ダブルベッドだし、問題ないだろ」

「良いのかな?」

「問題ないだろ。どうせ海外の未開に出張していて連絡なんて滅多につかないんだし」

「そうだよね。あの、山城さん」

「綾子でいいわよ? 胡桃ちゃん」

「お部屋に案内しますね」

「ええ。お願いするわ」


 二人して立ち上がり両親の部屋へと妹が案内している間に、俺はキャリーバッグを玄関から両親の部屋へと運ぶことにする。


「へー。綺麗にしているのね」

「はい! お父さんもお母さんも1年くらい海外に主張中なので、掃除はしていますけど使っていませんから、ご自由に使ってください」

「ありがとう」


 部屋までキャリーバックを4つ押して持っていくと、そんな会話が聞こえてくる。


「山城先輩。ここで良いですか?」

「ええ。優斗君も、私のことは綾子って呼び捨てで構わないわよ?」

「はあ」

「お兄ちゃんは、山城先輩じゃないと駄目です!」


 何故か知らないが、妹が反対してくる。


「でも、胡桃ちゃん。一緒の家に一週間暮らすのだから、先輩なんて他人行儀な言い方は困るわ」

「でも……」

「私なら良いから、優斗君も、私のことは綾子って呼んでね。呼んでくれるわよね?」

「はぁー、……分かりました」


 溜息をつきながら俺は応じる。


「よかった。それじゃ飯にでもするか。山城せん……綾子は、何か食べたい物でもあるのか?」

「特に好き嫌いはないわよ?」

「胡桃は?」

「私は……お寿司!」

「寿司か……」


 確かに異世界で寿司紛いのモノを作ったことがあるな。

 クラーケンとか、リヴァイアサンを寿司ネタに使ったことがある……、味は想像を絶するほどの不味さだったが……。


「お兄ちゃん? もしかして、自分で寿司を作ろうとか思っているの?」

「まぁな。節約は大事だろ、うちの家計的に」

「ふふふっ。お兄ちゃん! 本日は、クライアント様がいるのですよ!」

「……そういえば、そうだったな」

「うん!」


 妹が良い笑顔で頷きながら一枚のチラシを広げて見せてくる。

 そこには、本格!! 高級! 出前寿司! と書かれていた。

 一人前5000円! 我が食卓の食費の一週間分どころか2週間分の価格だ。


「なるほど……。胡桃、お主も悪よのう」

「お兄ちゃん程ではないの」 

「何だか、兄弟仲がやっぱりいいのね」

「それほどでも……」

「お兄ちゃんは胡桃のお兄ちゃんだから、仲が良いのは当たり前なの!」

「そう。良いわね」


 さっそく超高級出前寿司を3人前どころか5人前頼む妹。

 その声は弾んでいる。

 いつもは、スーパーの特売寿司ですら、お値段が御高いということで見送っているからな。

 しばらくして、寿司の出前が届く。


「こ、これは……」

「お、お兄ちゃん……。ネタが輝いているの!」


 何と言うことだ! 普通に、高そうな寿司だ!

 回転寿司とも一線を隠すネタの重厚感!


「はぁ……、まさか回らない寿司を食べる時が来るとは……」

「私、生まれて初めて、見たよ! 漆塗りされている器に入ったお寿司なんて!」

「やっぱり日頃から、キチンと暮らしていたからだな」

「うん!」

「あの……。二人共……。普段は、一体何を食べているのかしら?」

「一般常識範囲のモノだが?」

「うん! 一食200円以内に抑えているの!」

「そ、そう……」


 しかし、万札で出前の支払いをする事になるとはな……。


「まぁ、とりあえず食べようか」

「うん! 頂きます!」


 それぞれ寿司を堪能する。

 やっぱりスーパーの寿司とか格が違う。

 もはやネタの次元が違う。

 満足いくまで、寿司を食べたあとは、風呂に――。

 

「綾子さん、先にお風呂どうぞ」

「いいの?」

「うん! お兄ちゃんは、一番、最後でいいよね?」

「別に何でもいいぞ」

「そう、それじゃ、一番風呂をいただくわね」

「綾子さん、脱衣所にバスタオル置いてあるから自由に使ってください」

「ありがとう、胡桃ちゃん」

「はい!」

「それじゃ、俺は部屋で調べものしてくるからな。何かあったら、すぐに呼んでくれ」


 自室に行ったあとは、ノートパソコンを起動すると共に携帯電話を取り出す。


「はい。山崎ですが」

「桂木だ」

「桂木さん。また何かあったんですか?」

「ちょっと情報が欲しい。情報料なら払う」

「別に桂木さんから情報料をもらおうとは思ってませんが……、貸一つってことで!」

「分かった」

「それで何を知りたいので?」

「俺が通っている高校を知っているか?」

「千葉県立山王高等学校ですね?」

「さすがに、俺の通っている学校くらいは調べているか」

「職業柄ですがね。――で、何かあったんですか?」

「俺の通っている高校で鬼の姿が目撃されているようなんだが、何か情報があったら教えてくれ」

「なるほど……。それでは、調べますので一日もらっても?」

「ああ、任せた」

「了解しました。それでは、調査が終わり次第、桂木さんの携帯に電話しますね」

「――さて」


 電話を切ったあと、ネットで何かしら引っ掛かるか情報を探っていくが、それらしきものはない。


「仕方ないか」


 とくに古い情報だとネットでは上がっていない事があるからな。

 山崎待ちってところか。

 パソコンの電源を切り、立ち上がったところで、ふと何かの気配を感じとる。


「どうやら、招かざる客が来たみたいだな」

  

 



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