第62話
「ただいま」
開錠しドアを開けキャリーバッグを玄関から入れていく。
「おかえりなさい。お兄ちゃ……え? ――な、何!? そ、その荷物!? お引越しでもするの?」
「しないからな」
玄関まで出迎えにきた妹は、俺が玄関から入れた4つの大きいキャリーバッグを見て驚いている。
だが! 驚く本番はコレからだ!
「夜分遅く失礼致します。本日より一週間、桂木君のご自宅でお世話になる事になった山城綾子と言います」
「これは、ご丁寧なあいさつを……って!? お兄ちゃん! どういうことなの?」
「わかった、わかった。落ち着け。とりあえず、事情を説明するから、まずは玄関外で待っていてもらうのは迷惑だから」
「う、うん……」
仕方ないという感じで妹は同意してくるが――。
「あら! 新しい女性なの? 優斗君、モテモテねー!」
向かいのおばさんがドアを開け――、顔だけ出しつつ、楽しいモノを見つけたみたいな顔で、話しかけてきた。
「いや、そういう感じではないので……」
「大丈夫よ! 分かっているから! あ、声は抑えてね!」
言いたいことを一方的に言い終えたのか、隣のおばさんは扉を閉めてしまう。
「優斗君のご近所って、面白い人がいるのね」
「まぁ……」
面白いというのかは、個々の観点で異なるが、少なくとも隣のおばさんに限っては、間違いなく冷やかしに来ていると思うが……。
「色々あるんですよ。先輩には分からないと思いますけど」
「そうよね。私、こういうところに住んだことないから、きっとルールがあるのよね?」
「いや、一般的な常識の範囲なので、そこまで真剣に考えなくてもいいので」
「そうなの?」
すごく真剣な表情で、俺と隣のおばさんの関係性を考え出した山城綾子に、俺は釘を刺しておく。
「とりあえず家に上がってください」
「ええ。失礼するわね」
家に上がったあとは、リビングで話し合いの場を持つ事にする。
「――で! お兄ちゃん! どういうことなの! 新しい女を、家に連れ込むなんて! お父さんやお母さんの許可も得てないよね!」
「そのことなんだが……」
さて――、どこまで話せばいいのか考えないとな。
「優斗君。ここは、私が説明するわ」
「いや、ここは俺が妹に……」
「優斗君、お願い。聞いてくれないと……」
彼女は、笑みを俺の方に向けてくる。
その表情から読み取れるのは学校で会った事をバラすぞ? と、脅しているように見て取れた。
仕方ないな……。
「任せます」
「任されました! まずは、自己紹介からさせてもらうわね。私の名前は、山城綾子と言います。桂木優斗君が、在籍している学校の理事長の娘です。それで、お名前は胡桃さんで良かったかしら?」
コクリと頷く妹。
「桂木胡桃と言います。お兄ちゃんの妹です。中学3年です」
「そうなのね」
「はい。それで事情を説明して頂いてもいいですか?」
「じつはね、優斗君からプロポーズを受けたの」
「…………」
山城綾子の言葉に硬直する妹。
そして――、目からハイライトが消えると俺の方へと視線を向けてくる。
「オニイチャン?」
「山城先輩、冗談もほどほどにしてください。うちを引っ掻き回しにきたんですか? それなら帰ってもらってもいいんですが?」
「ごめんなさいね、胡桃ちゃん。冗談だから」
「ジョウダン……じょうだん……冗談……つまり、嘘ってことですか?」
「そうそう」
「よかった。お兄ちゃんが、お兄ちゃんじゃなくなったら大変な事になるところでした。神楽坂さんにも上げたくないのに……」
「優斗君の家って、妹ちゃんと仲が良いのね?」
「はい」
「それで胡桃ちゃん。うちの学校で私は生徒会長をしているのだけど……」
「生徒会長ですか?」
「うん。でね、最近、生活面でだらしない優斗君の私生活を何とかしたいと思って、しばらく優斗君と暮らして改善させることになったの」
「高校の生徒会って、そんな事もしているのですか?」
「うちの学校は、生徒に対して真摯に取り組むことになっているから、それは生徒会も同じなの」
「そうなんですか……、それでしばらくは、我が家に泊まり込みということですか?」
「うん。お願いできるかしら? 一週間だけなんだけど?」
「許可できません。だいたい、年頃の女性が男の人がいる私とお兄ちゃんの家で暮らすなんて普通は馬鹿げた提案です」
「そこを何とかできない?」
「無理なものは無理です」
「ちなみに、優斗君には、前金で100万円渡しているわ」
「……ほんとうに? お兄ちゃん?」
「本当だ」
俺は現金の入った封筒をテーブルの上に置く。
そして現金と俺と先輩を何度か見た妹は――、
「はい! ぜひに! お泊り下さい!」
「え、ええ。よろしくお願いするわね」
完全に手の平返しし、その手の平返しっぷりから、山城先輩も若干引き気味のようだ。
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