第59話
「理科室か」
部屋の入口プレートを見ながら扉をスライドさせて開けると倒れている女子高生が目に入ってきた。
それは、間違いなく山城綾子本人であり、俺は彼女の上半身を起こしながら額に手を当てつつ、身体状況を探る。
「衰弱が酷いな」
肉体的な衰弱もそうだが、精神的な衰弱はもっと酷い。
それ以外には、おかしな気配はないが……。
「爪が割れている?」
俺は、山城綾子が倒れていた場所――、理科室の床へと視線を向けると、そこには爪で引っ掻いたような浅い傷がある。
しかも、所々、血痕が付いていて――、それは山城綾子の指先の爪が割れて血が滲んでいるのと無関係ではないだろう。
「何かあるのか?」
彼女が引っ掻いていた床。
そこに何かあるようには思えないし、何より俺の波動結界には何も感知がない。
「はぁー。何なんだよ。まったく……」
山城綾子を抱き上げる。
「保健室に連れていくのがベストだよな……」
また理事長に、山城綾子についてのことを聞かれることになると思うと溜息が出るが、仕方ないか。
とりあえず、爪が割れて血が滲んでいる部分だけは何とかしないと不味いな。
へんに探りを入れられても困るし。
俺は、山城綾子の指先を手の平で包んだあと、彼女の遺伝子情報を読みとり、山城綾子の細胞を増殖させ再構築させ、数秒で割れた爪を修復してから、理科室に置かれているフキンで血を拭いとる。
「――さて。こんなものか」
俺は彼女を抱き上げる。
そして保健室に向かうために理科室から出たところで、ばったりと都と鉢合わせする。
思わず胸中で溜息が出るが、仕方ない。
「あれ? 優斗?」
俺に気が付いた都が話しかけてくる。
「都か、どうして、ここにいるんだ?」
「次の時間は、音楽でしょ? 移動教室だから――。みんなも通ると思うよ?」
「そ、そうか……」
「それよりも……、優斗が、御姫様抱っこしているのって山城先輩よね? 山城先輩、また倒れたの?」
「そんなところだ」
俺は頷く。
「今朝は、調子良さそうに見えたのに……」
「そうだな」
朝に会った時には顔色も良いように見えたが、恐らくだが、何かしらに憑依され操られた時に生気を奪われたのだろう。
異世界で、体を霊などに体を操られていた人間には、同じような特徴があった。
「保健室まで連れていくの?」
「そのつもりだが?」
「私も――」
都が何か言いかけるが、そこで俺は思い出す。
昼食時間に呼び出されてから時間が掛かっているということに。
それと――。
「都は、音楽の教師に遅れることを伝えておいてくれ」
「う、うん……」
納得して無さそうな……不機嫌そうな都。
「悪いな。都しかいないからな。音楽教師に俺が遅れることを伝えてくれる奴は」
「分かったわ」
「ほんと、すまないな」
「ううん。優斗が人助けしているのは悪いことじゃないと思うから」
「そうか。じゃ、頼んだ」
「うん」
都と別れて、山城綾子を抱き上げたまま保健室へ。
保健室のドアは開いていて、保険医が机で何か書きものをしているのが背中を向けていた。
「すいません。女子生徒が倒れているのを見かけて連れてきたのですが――」
「あら?」
俺の言葉に眼鏡をかけ直す保険医。
年齢は20代後半の女性。
「えっと……、ベッドに寝かせてくれる?」
「分かりました」
山城綾子を、ベッドに寝かせる。
「それで、どこで山城綾子さんを?」
「理科室の付近で倒れているのを発見したんです。自分は、音楽室へと移動だったので」
「そうなのね」
都と会っていて良かった。
何とか無理のない言い訳が出来た。
「それじゃ、自分は音楽の授業に向かいますので――」
「待って!」
保健室から出ようとしたところで、俺を引き止めてくる保険医。
彼女は携帯を手にしたまま、どこかと話しているようで――。
「はい。えっと……、君の名前は?」
「はぁー。桂木優斗です」
「山城綾子さんを連れてきたのは、桂木優斗という男子学生です」
そう電話口で説明している保険医。
「桂木君。理事長が、貴方に会いたいからって……、だから待っていてくれるかしら?」
「分かりました」
やっぱり面倒事になったか。
俺は近くの椅子に座る。
「えっと……、怪我とかは無いみたいね」
保険医は、カーテンを引いて山城綾子の怪我を見ているのか、無意識に容態を口にしているが、俺が確認できる怪我は全て治療したから怪我はなくて当然だろう。
何せ、追及されたら面倒だからな。
しばらくすると、廊下を走る音が聞こえてくる。
「綾子!」
理事長が、息を切らせて入ってくる。
「山城理事」
「九条さん」
「こちらに山城綾子さんは寝ています」
「そ、そうか……。それで、娘に怪我などは?」
「とくにありません。おそらく意識を失った場所が良かったのでしょう」
「はぁー。よかった……」
理事長は、山城綾子に近づくと、その手を握り無事なのを確認したあと、深く溜息をついていた。
しばらくすると、ようやく俺に気が付いたのか――、
「桂木君。本当に、ありがとう。娘は、どこで倒れていたんだ?」
「それは――」
俺は理科室前で彼女を見つけたこと。
そして連れてきたことを説明する。
「なるほど……。音楽の授業の移動の時にか……。本当に運が良かった……」
「山城先輩は、怪我も無いようですし、そろそろ自分は、授業に戻ってもいいですか?」
「そうだな。すまなかった」
理事長の許可も降りたことで、俺は保健室から出る。
「――さて、これからどうしたものか」
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