第58話

「理事長、やはり何かしらの事件に巻き込まれたとしか……」


 ソファーに座っていたスーツ姿の女性が口を挟んでくる。


「だが――、事件と言っても……」

「うちの事務所としては、何かしらの非科学的な問題が関係していると、調査結果から考えています」

「それは、娘が言っていた鬼に追われているという話か?」

「そうなります。事務所としては、校舎が立てられる前の――、社で奉られていたモノが原因の一つとも考えています」

「だが……。紅さん。そんな非科学的な事なんてあるのだろうか?」

「うちとしては調査した依頼料さえ頂ければ、あとはどうでもいいのですが?」


 紅と呼ばれた女性は、茶色い封筒を取り出すとテーブルの上に置く。


「山城理事」

「何かな?」

「今回の騒動ですが、神社庁から派遣されている私達も、今回の問題については同意見です」


 そう語るのは、神主の恰好をしている男の方ではなく、巫女服を着た女性の方。


「神社庁の記録によりますと、この辺一帯を守護していた神が器として利用していた御神体は強い力を持っていると神社庁の記録にあります。よって無関係ではないと思われます」

「だが……、そんな超常的なことがあるのだろうか?」

「神社庁は、そのために存在します」


 そこで俺は思い出す。

 目の前で話している巫女服の女性を、以前に見かけたことがあるということに。

 それは、俺が事故で車に撥ねられた時のこと。


「そう言われてしまうと……」

「手がかりが無い現状としては、まずは、奥の院に情報提供を申請して、その結果を見てから調べるのはどうでしょうか? 貴方も、そう思いますよね? 桂木優斗君」


 黒髪の20歳前半の迫力美人の女性は、俺の方へと話題を振ってくる。


「どうして自分に?」

「君は、何か思い当たるような気がするのよね」


 そう巫女服の女性が語ったあと笑みを浮かべる。


「そうなのか? 桂木君」

「一般の男子高校生に何か期待されても困るんですが……」


 俺は肩を竦める。


「それは、残念ですね」


 否定すると、巫女服の女性はすぐに引き下がる。


「ところで、貴女は?」

「私は、神社庁の神薙の一人で、住良木(すめらぎ) 鏡花(きょうか)と言います。こちらの神主の恰好をしているのは――」

「儂は、新島(にいじま)晴幸(はるゆき)だ」

「自分は――」

「大丈夫。貴方のことは知っているから」

「理事長……」

「すまないな。何かあった時のために桂木君が、ここの在校生だということは伝えてしまっている」

「はぁ……」


 俺は思わず溜息をつく。

 まぁ、実の娘の安否が懸かっているのなら理解できなくはないが……。

 それにしても生徒の情報を部外者に売るのはどうなんだ?

 1人、心の中で呟きながらも――、それなら、俺も多少は何かしら聞いても差し障りはないかと切り替える。


「そういえば、神社庁は、どのような仕事をしているんですか? いま起きている事と、話を聞く限りでは、超常現象を扱っているような……」

「そうですね。あとはお正月とか三が日とか……本物の巫女を派遣したりと色々とありますけど……」

「そうなんですか。初詣とかお正月とかは忙しそうですからね」

「そうなのですよ! だから神社庁もアルバイトを雇うことは多くて――」

「なるほど……」


 まぁ、職業なりに何かしら困ることはあるよな。


「それにしても本職の巫女さんっているんですね。初めて聞きました」

「正社員という部類だけどね」

「正社員……、いきなり現代的に……、神秘っぽい響きからはずいぶんと俗世な感じがしますね」

「そうね。ただ労基とかが煩いから」


 何と身もふたもない。


「それで、他に聞きたいことはあるのかしら?」

「――いえ。とくには……」

「そう。それなら、もう大丈夫よ」

「うむ。桂木君、すまなかったね。それと、ここで話した内容については――」


 住良木さんと話し終わるのを待っていた理事長は、俺に釘を刺してくる。

 理由は、ここで聞いた話は他言無用ということ。

 そのくらいは、俺にも分かる。


「分かっています。黙っていますので」

「ありがとう」

「それでは失礼します」


 理事長室から出る。

 しばらく耳を澄ませていると声が聞こえてくる。

 どうやら、神社庁と連絡を取っているようだ。


「分かった。急いで向かうとしよう」


 理事長の声。

 俺は慌てて隠れる。

 すると、3人が部屋から出てくる。

 そして理事長は部屋から出たところで携帯電話を取り出し何か指示を出してから走り出した。

 その後ろ姿を見送ったあと、一応、校内全域に波動結界を展開しておく。

 すると、以前に記憶した気配を察知。

 それは、山城綾子のもので……。


「――ったく、仕方ないな」


 どういう話を聞いて理事長室から出ていったのかは不明だが、彼らが走っていった方向は、山城綾子が居るであろう場所の正反対。

 これでは見つけるのに時間が掛かるだろう。

 俺は仕方なく、山城綾子の気配を察知した方向へと走る。

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