第57話

 教室についたのは、朝のホームルーム開始直前。

 すでに担任の金木先生が教壇に立っていたが、まだ始まっていないからセーフだろう。


「何とか間に合ったね」

「ああ、そうだな」


 山城綾子に思ったよりも長い時間、話しかけられていたようだ。


 ――いや、都に言い訳している時間が長かったからか?


 そこで、俺達に気が付いた金木先生が「二人とも、早く着席しなさい」と、話しかけてくる。

 俺と都は、担任教師の言葉のままに着席する。

 そしてすぐにホームルームは始まり10分ほどで終わったところで――、


「優斗」

「どうした、純也?」

「お前だけが遅刻なら良くある事だが、都も遅刻なんて珍しいな」

「それな……」

「聞いてよ! 純也」

「都? どうかしたのか?」

「山城先輩が優斗に朝から話しかけてきたんだよ! しかも下の名前で呼んできたの!」


 都が、朝起きたことを純也に力説。


「そういえば優斗は、理事長から呼び出しを受けていたんだよな? それに生徒会長を助けたんだろ? なら、下の名前で呼ばれるのも仕方ないんじゃないのか?」

「そんな事ないもの!」


 何故か純也がフォローに入ってくれたが、都は納得しない様子。

  

「だって、すごい美人だし――、いつも一人で過ごしていて友人もいないって、女子の間では有名なんだよ」

「そうなのか?」


 俺には、そうは思えないが……、まぁ男が思う友人と、女が思う友人の定義とは違うかも知れないからな。


「まぁ、優斗も大変だな! モテ期じゃないのか?」


 俺の肩を軽く何度も叩いてくる純也。


「そんなことがあるとでも思っているのか? 俺は、彼女いない歴イコール年齢だぞ?」


 異世界でも彼女なんていた事なかったからな。

 そうなると、俺の彼女いない歴は60年近くか。

 筋金入りだな。


「大丈夫か? 優斗。自分で言っていて自分で落ち込むとか……」

「え? いまは彼女いるよね?」

「彼女?」

「ほら! 私!」


 都が腕を組んでくる。

 

「そうなのかなー」


 思わず本音が零れ落ちる。

 いまの都との関係は、何となく流れから出来てしまっているようなものだと思うんだが……。


「優斗、都は、お前を彼氏だとは思っているみたいだぞ?」

「――いや、俺に資格はないからな」

「資格って何だよ」


 思わず呟いた言葉。

 それに反応した純也。


「何となく……」

「はぁ、何を言っているのか。お前、都とかどう見ても誰が見ても美少女だろ。そんな都が、お前を彼氏だって扱っているんだから――」


 そんな言葉を、教室内で口にした純也。

 そして、都の美少女という言葉に同調するかのように教室内の大半の男達が頷き――、その男達を軽蔑な眼差しで見る女子生徒達。


「純也。とりあえず、その話は、人目がある教室ではしない方がいいと思うぞ」

「――そ、そうだな……」


 女子たちの冷たい視線に気が付いた純也も頭を掻きながら頷く。


「それにしても、微妙な空気になったな。主に純也のせいで――」

「仕方ないだろ」


 壁に掛けられている時計を見ると同時に、教師が教室に入ってくる。


「ほら! 何をしている! さっさと座りなさい」


 微妙な空気の教室内の空気を読まずに指示を出す教師。

 そして授業は始まる。

 何度か微妙な休憩時間を挟みながらも、授業は続きお昼時間になる。


「はぁ、何とか普通の雰囲気になったよな」

「お前が、失態を犯しただけだろうに」

「それを言うなよ。都のこともあったんだしさ。ここ最近、都は精神的に不安定だっただろ?」

「……」


 純也の言葉に俺は無言になる。

 そして、考えれば『そうだな』と、いう結論に行き着く。

 エレベーターの怪異の事件の時に、父親が任意同行という形だったとしても警察に連れていかれたのだ。

 普通なら、動揺して当たり前だろう。


「それにしてもさ――」

「ん?」

「今、優斗はネットでは有名人だぞ? 学校でも、その話題で持ち切りだ」

「どういうことだ?」


 何の心あたりもないんだが?

 純也が、スマートフォンを操作すると、何かの動画が出てくる。

 場所は、ボーリング場。


「これは……」


 そして、丁度、俺が投げたボーリングの玉が、ボーリングピンを粉々に粉砕する様子が映し出されている。


「すごいよな。ボーリングピンを粉々に10本も粉砕するとか――。今、ネットで話題だぞ? 再生数も100万回超えているし」

「いや、あれは……」

「分かっているって! 劣化したボーリングピンが問題だったんだろ? 行政も、ボーリング場に指導したってニュースで流れていたからな。――でも、その話題で一昨日から学生間では持ち切りみたいだぞ?」

「なるほどな……」


 まぁ、俺に非が無いのだから面と向かって言ってきてはいないのかどうかは分からないが、まさか動画で取られていたとはな。

 まぁ、動画の最初の方は都が映っていたから、美少女である都を隠し撮りしていたら、偶然、俺がピンを粉砕した場面を撮ったという所だろう。


「まったく、肖像権の侵害だな」

「――でも優斗」

「ん? 何だ、純也」

「お前が、変な意味で有名になったから都の父親が警察に連れていかれた事に関して、有耶無耶になった感じがあるみたいだぞ」

「なるほど……」


 つまり、俺がボーリングのピンを粉砕したのも無駄ではなかったということか。

 俺が泥を被るだけで、都に発生する不利益を消す事が出来るのなら何の問題もないな。

 むしろ結果的には、良かったと言えるだろう。


 ――1年B組の桂木優斗君。至急、職員室まで来てください。


 純也と話していたところで、またお呼び出しが――。


「また優斗、何かしたのか? あー」


 何かを察したのか純也が気の毒そうな表情をして俺の肩に手を乗せてくる。


「まぁ、あれだ……ボーリング場の件だろう?」

「まるで俺がボーリングのピンを破壊した首謀者みたいな言い方は止めてもらうか!」


 まぁ、実際のところ俺が破壊したというのは事実なのだが……。


「早く言った方がいいぞ。また何か言われるぞ?」

「分かっている」


 純也は、購買部で購入したパンの袋を開ける。

 どうやら、話し合いは終わりってことのようだ。


「優斗、いってらっしゃい」


 少し離れたところで女子だけで集まりお弁当を食べていた都が手を振ってくる。

 

「まるで新婚だな」

「お前は、何を言っているんだ」


 純也に言葉を返しながら、妹が用意してくれた弁当を急いで平らげる。

そして職員室へと向かう。

 職員室前まで来ると、既に金木先生は待っていた。


「桂木君。もっと早く来なさい」

「食事中だったので」

「そう――、それよりも理事長が待っているわ」

「分かりました」


 そこでふと、職員室内の風景が視界に入る。

 やたらと落ち着きの無い教師たちがいるようだが?

 疑問に思いながらも理事長室へと赴く。

 扉をノックすると「入りたまえ」という声が聞こえてきた。


「失礼します」


 そう言いながら理事長室に入る。

 そして部屋の中を見回して、俺は眉を顰めた。


 理事長室には、山城理事長と他に3人の人間がソファーに腰かけていた。

 二人は、神職に就いているであろう人間。

 そして、もう一人はスーツ姿の女性。


「すまなかったね。何度も呼び出してしまって」

「――いえ。それよりも、自分はどうして呼び出されたのでしょうか?」

「実は、君に教えて貰いたいことがあるのだ」

「教えてもらいたいこと?」


 何かあったか?

 ボーリング場の件ではないよな?

 どう考えても同席している神職の人間には関係ないと思うし。


「うむ。じつは本日、登校時に君に娘が会いに行ったと思うが……」

「生徒会長ですか?」

「ああ。――で、どうだったのだ?」

「たしかに、昇降口で話しかけられましたが、それが何か?」


 そこで理事長が、神職の方へと視線を向ける。

 すぐに神職の恰好をした神主と、巫女服を着ている女性が頷く。

 アイコンタクトか? と、邪推してしまったが……。


「じつは娘が行方不明になったのだ。何か心当たりなどはないだろうか?」

「行方不明? 自分には、心当たりはありませんが……」

「そうか……」


 力なく項垂れ落胆する理事長。

 どうやら、かなり切羽詰まった様子に見受けられるが……。

 少なくとも、嘘はついてないな。

 そこで気が付く。

 職員室の雰囲気がおかしかった理由に。

 もしも生徒が一人、学校に来ている時に行方不明になったのなら、職員室内の雰囲気が浮足立っていたのにも説明がつく。



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