第51話
「呼吸は、しっかりとしているか」
念のために体内を調べるが、肉体的に遺伝子的に危険という兆候は見あたらない。
一部、 問題はあったが、それは、今はどうでもいいことだ。
命に別条はないのだから、大目に見ておくとしよう。
「――さて……」
まずは、今の状況の整理だが、とりあえず裏山で意識を失ったままの女子生徒を放置するのは良くないだろう。
そして、その状態を第三者に見られるのもマズイ。
そうなると取れる手段は一つだけ。
「とりあえず保健室に連れていくのがベストか」
これしかない。
俺は身体強化をしたまま、女子生徒を抱き上げる。
その際に、女性特有の柔らかい肉感が、抱いている腕全体から伝わってくる。
「まったく……」
女性特有の色香を感じながらも、御姫様抱っこしたまま校舎へと戻る。
そして昇降口に上がったところで、ばったりと担任と出会う。
「えっと……。桂木君?」
「お久しぶりです。金木先生」
「お久しぶりではないけど、一体――、どうしたの? その子、生徒会長で3年生の山城綾子さんよね?」
さすがは先生。
まぁ、生徒会長をしている人間の名前くらいは憶えておいて当然かも知れないが。
「桂木君、何があったのか説明してくれる?」
「それは、構いませんが、まずは彼女を保健室に連れて行ってもいいですか?」
「わかったわ」
俺のクラスの担任教師である金木先生と共に保健室へ向かう。
保健室に到着したところで――。
「保険医の先生は留守みたいね」
保健室に入ったところで、保険医の不在が発覚。
「そうですね」
俺は言葉を返しながら、山城綾子を保健室のベッドに寝かせる。
それを見ていた金木先生が、咳を一つする。
「それで事情は説明してくれるのよね?」
「もちろんです」
ここは、素直に話しても問題ないだろう。
まぁ肝心な部分は話さないことにするが――、まぁ、どうせ話しても信じてくれはしないからな。
「要約しますと、御昼どきに自分は学校の外を見ていたのですが……、その際に高校の敷地外に出ていく女子生徒の姿を発見したんです」
「それで?」
「何故か分かりませんでしたが、気になり少し見ていたところ、突然、校舎裏で倒れたので介抱に向かいました。そして、そのあと保健室に向かっていたところで金木先生に話しかけられたという感じです」
「そういうことなのね」
「はい」
「変な事とかはしなかったのよね?」
「変な事とは?」
「だから……」
「なるほど……。つまり善意で助けに行った自分を先生は疑っていると?」
「そんな事ないのよ! でも、一応はね――」
たしかに、山城綾子という女子学生は、かなり綺麗というか、凄く綺麗な女性と言えばしっくりくる程の美少女なので、金木先生が疑ってくる気持ちも分からなくはない。
些か、不愉快な気持ちになったところで――、首を傾げる金木先生。
「そういえば、桂木君って……」
「何でしょうか?」
「神楽坂さんと付き合っているのよね? ――なら、大丈夫かな?」
「その話は一体どこで!?」
「――え? クラスで聞いたけど?」
「
俺は思わず額に手を当てる。
そんな噂、誰が流したのかと……。
「ごめんなさいね。疑ってしまって! 神楽坂さんのような美少女と付き合っているのだから、大丈夫よね!」
何と言うか、否定も肯定もできない。
否定したら変な風に疑われるだろうし。
俺に出来るのは沈黙くらいだ。
「それじゃ、ちょっと関係者呼んでくるから、山城さんを見ていてもらえる?」
「分かりました」
関係者という言葉に、親御さんでも呼ぶのかと推測するが、ここは都会からかなり遠い場所なんだよな。
一体、どれだけ時間が掛かるのが想像もできない。
「仕方ない」
まだ時間はある。
一応、彼女の容態を調べておくのもいいだろう。
俺は、山城綾子の額に手を当てる。
「バイタルは正常。憑りつかれていたという形跡はない。一言で言うのなら肉体は、やはり問題ないが……かなり衰弱しているな」
やはり簡易的に視た時と症状は変っていない。
しばらくすると、金木先生が戻ってくる。
「連絡はつきましたか?」
「すぐに来るって」
「そうですか」
応じたところで、保健室の扉を開ける音と共に40代ほどの男性が室内に入ってきた。
「金木先生」
「山城理事、お待ちしていました」
……理事か。
どうやら、金木先生が連絡したようだな。
それにしても山城ってことは……、山城綾子の血縁者ってところか。
まぁ、とりあえずは、これでお役御免と言ったところだな。
「綾子が倒れたと聞いたが? 無事なのかね?」
「はい。そちらの男子学生が、倒れた山城綾子さんを運んできてくれたとのことです。話しによりますと、目の前で突然倒れたとか」
「なるほど……」
見た目からして、紳士的だと思わせる男は、身長が160センチほどという小柄な俺から見て20センチ以上は高い。
日頃から体を鍛えているからなのか肩幅もあり、がっしりとした体つきをして、髪は短く整えられていてオールバック。
髪色が、くすんだ金髪ということは、西欧人の血が混じっているようだ。
ただ、その目は鋭く、保健室に急いで入ってきた時に慌てていた雰囲気が、金木先生の説明を聞いたところで霧散する。
そして、俺を見てくると口を開く。
「私は山城という。君の名前は?」
「桂木優斗です。今年、入学した1年生です」
「ほう……。新入生か……、それにしても……」
俺のことを、つま先から頭のてっぺんまで見てくる男。
それは先ほど、感じた紳士からは程遠い。
「理事長、桂木君は、倒れていた綾子さんを運んできてくれただけですよ?」
「ああ、すまんな」
まぁ、俺の肉体から見て、気絶した女子生徒一人を抱きかかえて連れてくるという芸当はかなり難しい。
何せ、意識を失っている人の体というのは、相当重いからな。
「どうも一人娘の事になると、心配になってしまってな。桂木君、娘を助けてくれてありがとう」
「いえ。気にしないでください。偶然、通りがかっただけですから」
「それでも、ここまで運んできてくれたのだから、相当、無理をさせたのではないのかね?」
「それほどでも……」
「謙遜はしなくていい。このお礼は後日させてくれ」
「大丈夫ですので、気にしないでください。それよりも、一つ、お伝えしておくことが……」
「何かね?」
「自分が、廊下を歩いていた時に、生徒会長は校内の敷地を出て裏山へと、ふらついた足取りで向かっていくのが見えました」
「ふむ……。それで、娘のあと追いかけて倒れたところを助けてくれたということか」
「はい」
学校の屋上は、出入り禁止。
多くは語らない方がいいだろう。
端的に起きたことだけを伝えておく。
「なるほど……」
「理事長、もしかしたら……」
「早計かも知らないが――」
俺の説明に頷く理事長は、すぐに金木先生の言葉に神妙そうな顔つきで頷く。
そして――、金木先生も何か心当たりがあるのか言葉短く二人だけで納得するような会話をしている。
俺としては、それだけでは物事の真意が分からないので、想像するしか出来ないが……。
どうやら、山城綾子が裏山の方へと向かうのは、今回が初めてではないようだ。
そうなると、常習的と見た方がいいだろう。
ただ、そうなると……。
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