第40話

「そういう恰好のつもりだけど?」

「はぁー」


 首を傾げて、俺を見てくる都。

 それを見て、揶揄われていることに気が付き溜息をつく。


「俺をオモチャにするのも大概にしておけ。それより欲しいモノは買えたんだろう? さっさと帰るぞ」

「あっ! 待ってよ! 優斗!」


 慌てた声で、都は、エスカレーターの方へ向けて歩き出した俺の腕を掴んでくる。


「今からエスカレーターに乗るんだから、手を掴んでいたら歩き難いだろう?」

「……じゃないから」

「――ん?」

「そうじゃないからっ!」

「いきなり大声をあげてどうしたんだ?」


 俺の知っている都は、こんな風に大声で感情を表に出すような人間ではなかったと思うが……。


「大声もあげるよ! 優斗は、今日一日は私の買い物に付き合ってくれるって約束したじゃない! それなのに、来て早々に帰ろうとするなんて、そんなの約束不履行だからねっ!」

「今日一日って……。買い物に付き合うだけじゃなかったのか?」

「ふふふっ、優斗は甘いわね。いつから買い物だけをすることを! 買い物をした! と、勘違いしていたの?」

「はぁー。仕方ないな……」


 千葉駅から連絡通路で繋がっている大型ショッピングモールは、高層になるほど高級店が入るようになる。

 そして、俺達が現在居るイベント場所は、高層に位置している事もあり客数は疎ら。

 ただ、それでも美少女の都が俺を必死に引き留めようとしている姿は、その少ない客の足を止めさせる効果があり、フロア中の人の視線は俺達に向けられていた。

 そのこともあり、俺は折れる。


「――で、何がしたいんだ?」

「ボーリング!」

「ボーリングね。京成千葉駅まで歩かないといけないんだが……」

「歩けば問題ないよね?」

「問題はないかも知れないが、違う意味で問題がある」

「違う問題?」

「とりあえず、歩くぞ」


 さすがに、興味津々な視線を向けられていると俺であっても居心地が悪い。

 これならドラゴンとタイマンで戦っていた時の方が楽まである。


「うん!」


 俺がすぐに折れた事に気分を良くしたのか、笑顔を向けてくる都。

 それを見て、俺は黄泉の国の女王である伊邪那美の言葉を思い出す。

 俺の力が、都に影響を与える可能性があるということを。

 

「どうしたの? 優斗」

「――ん? あ、ああ。何でもない」

「何だが、すごく思いつめた目をしていたけど……」

「俺が? そんな事、あるわけがない」

「そうなの? 優斗って、昔から何時も一人で抱え込んでいたから、私は心配なの」

「そんなことない」

「ふーん。そう……」


 意味深な言葉を投げかけてくる都に、俺は少しだけ違和感を覚えたが都と二人きりで買い物に行くなんて以前にもなかったと思い考えることを止めた。

 ショッピングモールから出たあとは駅の線路上の地下に沿うように作られたショッピング店の中を通る。

 しばらく歩くと、ボーリング場に辿り着く。


「優斗! いこっ!」

「そうだな」


 ボーリング場に行き、レンタル靴を借りたあとはボールを取りにいく。


「ボーリングの玉は、一番、重いやつでいいか」


 黒塗りの一番重いボーリングの玉を手に取る。

 そしてレーンに戻ると、都も既にボーリングの玉を取ってきていたようで、髪ゴムで腰まで伸ばしていた黒髪をポニテ―ルにして纏めていく。


「――さて! 優斗!」

「ん?」

「賭けをしない?」

「賭け?」


 立ち上がった都が、ボーリングの玉を手にすると、座っていた俺に話しかけてきたと思えば駆けを持ち出してくる。


「うん。優斗って、最近は私に何か隠し事をしているよね?」

「何もしていないが……」

「絶対に嘘っ! 私、分かるもの! 優斗のことを毎日、見ていたから!」

「人間には、秘密の一つや二つはあるだろうに」

「幼馴染に話せない秘密なんて無いと思うけど?」

「それじゃ秘密にならないだろうに」

「つまり秘密があるってことなのよね?」

「どうして、そうなる……」

「私、知っているの! 優斗は、ボーリングが苦手だって言う事を!」


 そうだったか?

 昔の記憶とかあやふやだからな。


「はぁ、それじゃ都がボーリングのスコアで俺に勝ったら――」

「優斗の隠し事を教えてもらいます!」

「まったく……。それじゃ、俺が勝ったらどうするんだよ?」

「――え? 優斗と結婚してあげるよ?」

「冗談も――って! 何を、言っているんだ?」


 さすがの俺も、都が提示してきた内容は驚く。

 まったく俺を揶揄うにも程がある。


「仕方ないな」


 少し全力で相手をするしかない。

 こういう結婚という女性にとっては大事なことを気軽に賭け事に利用しようとする都は危険だ。

 きちんと負かして注意した方がいい。


「はい! ストラーイク!」

「……」


 ずいぶんと簡単にストライクを取るな……。


「すごいな。もしかして都ってボーリングが得意な――」


 途中で俺は口を閉じる。

 何故なら都はグローブをしていたからだ。


「ふふっ。私、こう見えてもボーリングは上手いからっ!」

「まさか……」


 先ほどまでは、あまり気にしていなかったが都の座席近くには買い物に来ていた時には持参していなかったボストンバックが置かれている。


「これ、マイボールなの!」


 つまり、都はマイボールにマイグローブを持つほどボーリングに嵌っているというのに、ボーリングが苦手であろう俺に勝負を挑んできたと……。

 しかも賭け事までチラつかせて。


「なるほど……」


 つまり、完全なアウェーな状況。

 完全に都の策略に嵌められたということか。

 

「ごめんね、優斗。でもね! 私、どうしても優斗が何か隠していることを知りたいの」

「何も隠していないが、とりあえずお前が大人げないと言うだけは分かった」

「でも、約束はしたよね?」

「ああ、だから全力で勝たせてもらう」


 俺は、ボーリングの玉を掴むと肉体強化をしてから、ボーリングの玉をレーンに触れるか触れないかの高さで並行に投げる。

 そして――、ボーリングピンは、俺が投げたボーリングの玉に10本とも粉々に粉砕され――。


「ストライクだな」

「アウトだよ!」


 都は、俺の言葉に被せるように「弁償になっちゃうよ! どうするの!」と、続けてきた。




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