第33話

 ――数時間後。


 ドサッ! と、言う音と共に、俺はエレベーターの中に日本人学生を落してからボタンを押す。

 するとエレベーターは閉じて上昇していく。


「さてと――、こんなものか」

「桂木さん。かなり手荒ですよね」


 そう、話しかけてくるのは山崎。

 山崎が目を覚ましたのは、伊邪那美との会話が終わり、日本に帰りたくないと駄々をこねる日本人の肉体を無理矢理蘇生して伊邪那美の力により黄泉の国の情報を封印したあと。


「そうか? 生きているから問題ないだろ」

「そういう意味ではなくて……。それよりも、よく黄泉の国の女王が日本人を帰らせる許可を出してくれましたよね」

「ああ、そのことだが……、黄泉の国に来た連中は、どうやら日本で暮らすよりも黄泉の国でダラダラと趣味を満喫していた方が楽だという認識があったらしくてな……」

「それで帰宅できる人間は帰宅させたいと言う事ですか?」

「そうらしい」


 じつは山崎に話している内容は表層の一部に過ぎない。

 実際のところ、黄泉の国で処理できる人間の数は、一日1000人までと決まっているようだ。

 それは伊邪那岐に、伊邪那美が宣告したからという神話の話から来ているらしいが。

 つまり年間で対応できる死者の数は37万人が限界。

 それなのに、日本からの死者は毎年70万人らしく、すでに黄泉の国の死者対応機能はマヒ状態。

 死者が暴動を起こさないようにと、色々と対応した結果、死者に自治権を認めたら秋葉原が爆誕。

 そして、ネオン街に黄泉の国は浸食されたと。


 そう言う事もあり、エレベーターの怪異で現世から黄泉の国に来る人間を黄泉の国では不法侵入として、元の国に帰したいという腹積もりがあったらしい。

 

 ただ、問題はエレベーターの怪異を最初に発生させた人物は黄泉の国の住人ではないということ。

 それが黄泉の国の対応が後手に回ってしまい、鬼を黄泉の国で巡回させることしか出来なかった理由らしいが……。


「そうなんですか。――でも、良かったですね。エレベーターの怪異が流れてからの人間を全員帰す許可をもらえて」

「そうだな」


 俺は最後の一人をエレベーターに乗せると上昇のボタンを押す。

 エレベーターは上昇していき、しばらく経過しランプが消えたあと、山崎から借りたナイフを腰から抜く。

 そして黄泉の国と現世の世界が繋がっている縁を視認し――、伊邪那美が繋げた現世と黄泉が繋がっている縁の一本を残して、全てを切断した。


「桂木さん。ナイフを振り回して一体何を?」

「少し素振りをしただけだ」


 この世界の全ては粒子で出来ている。

 それを感知し干渉する為には、それなりの訓練が必要。

 つまり、縁というのは一般人には感知することは出来ない。

 感知できるのは、結び目などを担当する神くらいらしい。


「待たせたな。桂木優斗」


 脈打つエレベーターホールに2匹の鬼を同伴して現れたのは、絶世の黒髪の女性。

 

「…………か、桂木さん」

「どうした?」

「そちらの女性は?」


 山崎が、何度も瞳を瞬かせたあと聞いてくる。


「ああ、伊邪那美命だ」

「――え!? 伊邪那美命って……日本神話の国造りの女神……」

「うむ。人間よ、妾が伊邪那美だ。惚れるでないぞ? のう、優斗よ」

「何故に俺に話を振ってくる。それと頬を赤らめるのはやめろ」

「桂木さん――、その言葉遣いは、さすがに……。あの伝説の神話の国生みの伊邪那美様ですよ?」

「そんな事は知らん」

「人間。気にする事はない。優斗とは、すでに熱い抱擁を交わした中なのだ。しかも無理矢理に体の中までまさぐられ、大事なモノまで口にされたのだ。だから、問題はない」

「言い方! 言い方を考えろ!」

「桂木さん。神様にまで手を出すなんて……」

「俺は誰にも手を出したことはない!」

「ほう。つまり妾が初めてと……」

「お前は何を言っているんだ。――とりあえずだ。もう時間もヤバイからさっさと帰るぞ」


 俺は、スマートフォンを確認すると時刻は、すでに午前6時を過ぎている。

 一般の社会人なら、普通に出社時間だろう。


「ほら、さっさと乗れ」


 エレベーターが到着する。

 エレベーターには俺を始めとして、山崎が乗り、伊邪那美が乗る。


「鬼どもよ。妾が戻るまでの間、黄泉の国の管理は任せたぞ?」

「分かっています。伊邪那美様」

「うむ。――では、参ろうとしようか? 優斗よ」

「そうだな」


 上昇のエレベーターボタンを押す。

 するとエレベーターは何事もなく上昇していき、到着。


「――さて……」


 エレベーターの扉が開いたあと、顔だけ出して外を見る。

 すると、人の気配はない。


「優斗よ。妾が、人の生気が存在しない建物を見繕って縁を一つだけ繋げておいたのだ。ここには、しばらく誰も来てはおらぬ」

「そうか。つまりテナントは無いって事か」


 ビルの中を歩き内側から鍵を開けてから外へと出る。

 すると場所は、京成千葉駅近くのテナントが一つも無くなった小さな雑居ビルであった。


「――で、これから伊邪那美はどうするんだ?」

「うむ。伊邪那岐に会いにいき、三行半を叩きつけたあとに、黄泉の国の受け入れ態勢の更新をと考えている。そのあとは現世を学ぶために、しばらくは優斗の家に厄介になろうと思っておる」

「俺の家は公団で小さいぞ? 普通に黄泉の国に居た方がいいんじゃないか?」

「ちょっと待ってください!」

「どうした? 人間」

「ん? どうかしたのか? 山崎」

「どうもこうしたもないですよ! 神様が、この世界に降臨するなんて不味くないですか?」

「何がだ?」

「何かおかしなことでもあるのか?」


 まったく、山崎はおかしなことを言うやつだな。

 別に神様が留学してきても問題ないだろうに。

 ただ一つ問題があるとしたら、伊邪那美が俺の家にホームスティすることくらいか。


「ふむ……。つまり神たる妾と人間である優斗が一緒に暮らすのがマズイと?」


 その伊邪那美の言葉にコクリと頷く山崎。

 山崎の雰囲気から、違うことも考えてそうだが、もう人通りも増えてきたからな。

 さっさと家に帰らないと、俺が家に居ない事がバレてしまう。


「仕方ないな」

「優斗?」

「桂木さん?」

「ここはあれだ! 山崎の家に厄介になってくれ。こいつの編集部は、オカルト雑誌なんかも取り扱っているから、うちに来るよりは勉強になるからな」

「――なっ!?」

「ちょっと! 桂木さん!?」

「とりあえず、俺は急いで帰るから、あとは任せたぞ!」


 二人は何か言いたそうだったが、とりあえず話をしている時間はない――、というか、黄泉の国で対応した問題が現実世界にどう影響しているのかも確認したいからダラダラとしている時間はない。

 二人をその場に置いて、俺はタクシーを捕まえて、その場を後にした。






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