第32話

「それは籠での世界間の移動の疎外か?」

「そうだ。それと――、ここ数年の間にエレベーターに乗ってきた人間を返して欲しい」

「……なるほど。了解した」

「何?」

「分かったと言ったのだ。何度も言わせるな。だが、人間を返す為には黄泉のモノを口にした人間の肉体と魂の再構築が必要となる。それは、妾の埒外のモノ。それを桂木優斗、汝には行ってもらいたい」

「いいだろう」

「うむ」


 ずいぶんアッサリとこちらの要求を呑んだな。

 些か、腑に落ちない部分はあるが……、そこには目を瞑るとしよう。


「さて、まずは本当に汝が、妾を現世の世界に連れていけるのかの確認をさせてもらおうとしようか?」

「分かった」


 俺は二つ返事で頷く。

 そして――、変化を解く伊邪那美。

 体は、まるでグールのように変化していく。


「どうだ? 桂木優斗。この体は……って! お前は、何をしているのだ!」

「何をしているって……触診しているだけで、何を慌てているんだ? 使える細胞があるかどうかチェックしているんだろうが」


 神代の時代に死んだ神の肉体というのが腐っているのは、何となく察していたが、これは相当ひどいな。

 とりあえず無事な細胞があるのかチェックするために体中を触っていく。


「ちょっ! ――や、やめ……ああっ!? ――そんなところまで!」

「おい、変な声を出すな。体中をまさぐっているだけだろうが! 死んでいる肉体で何を言っているんだ」

「はぁはぁはぁ……。伊邪那岐にも、ここまで情熱に求められたことは無かったというのに……」

「黙っておけ!」


 俺は後ろから伊邪那美に抱き付くと、体中のあちらこちらから湧いてくる虫などを無視して左手で伊邪那美の口を塞ぐ。

 これから行う行為は、結構な痛みを伴うからだ。

 伊邪那美の痛覚神経を、体内で増幅した生体電流を流すことで麻痺させると共に、背骨に抜き手を放ち、強引に抜き取る。

 その際に、悶えるような声が聞こえてきて体を震わせているが気にしない事にする。

 そして、抜き取った背骨の一部――、たんぱく質であろう部分を口にする。


「なるほど……。どうやら無事な組織があるようで安心した。遺伝子設計図が無事なら問題ないな」


 そのまま、俺は伊邪那美の体に手をつけて彼女の細胞を活性化――、高速再生させていき――、それに伴って伊邪那美の体から蒸気が立ち上る。


「さて、施術は完了だ。どうだ?」

「どうだとは……、もう少し神を敬っても良いのではないのか? ――え?」


 そこで、変化を解いてしゃがれた声をしていた伊邪那美が自身の声の変化に気が付いたのか鏡を取り出し、自分自身の体や顔を見てから「ハッ!」とした表情で俺を見てくる。


「ま、まさか! いまの短時間で!?」

「ああ、何とかなったな。脊髄の中に存在するタンパク質やDNAなどは、数千万年ほどは無事な事があるって、どこかの本で読んだことがあるからな。本当で助かった」

「う、うむ……。――それよりも、これで本当に現世に行けるのだな……」

「ああ、とりあえずは、これと同じことを俺達の世界からエレベーターを介して来た連中に行って元の世界に帰した上で、エレベーターを利用した世界間の移動を出来なくすれば解決だな」


 ようやく問題解決の糸口が見つかったこと。

 それと肉体再生というメンドクサイことをしないといけない事に溜息をついたところで、浮かない表情の伊邪那美の様子が俺には気になった。


「どうした? 何か問題があるのか?」

「桂木優斗……、貴方に隠していたことがあって……」

「隠していたこと?」


 それよりも、ずいぶんと威圧感的な態度が薄れた気がするな。


「うむ。この世界というよりも黄泉の国に来た時に町を見たと思うのだが……」

「まぁ、見たな。まるで現実世界の秋葉原みたいだったぞ」

「う、うむ。じつはな……、日本から来た死者が多すぎて処理しきれずに、いま黄泉の国は大変な事になっておるのだ!」

「――ん? どういうことだ?」





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