第31話

 名前を告げてきた女神は、俺を見透かすかのような瞳で見てくる。

 

「はぁー」


 溜息をつく。


「俺の名前は、桂木(かつらぎ)優斗(ゆうと)だ。どこにでもいる普通の日本人の一般男子高校生だ」

「ほう? 最近の日本人とやらは、神気を触れても、そのような態度を取る事が出来るのか?」

「そうは言われてもな」


 俺は肩を竦める。

 

「ふふっ、面白い。気に入ったぞ! その態度」


 瞳を閉じて微笑する伊邪那美命。


「それは光栄だ。――で、俺の方としても時間がないから手短に話をしたいが」

「ああ、現世に繋がる籠の事であろう?」

「知っているのなら話は早い。俺達が住む世界と、この世界との繋がりを解除してもらいたい」

「それは無理じゃな」

「どういうことだ?」

「言葉通りの意味と捉えてほしい」

「つまり、俺達が住む世界と、この黄泉の国との接点を外すことは出来ないということか?」

「そう言う事になる」


 そう伊邪那美命は、返答してくる。

 そして――、腕を数度叩くと、平安時代の恰好をした女官が10名ほど部屋に入ってくると、料理を並べていく。


「そう、気を落すではない。妾は、汝を――、桂木優斗、汝を歓待しよう」

「それは有難い申し出だな」


 互いの前に並べられていく正月料理に近いモノ。

 とりあえず出されたモノは食べないとな。

 それに、今の俺の体は蓄えられるエネルギーが鍛え抜かれていた時の肉体と違って格段に少ない。

 栄養補給は必要だろう。

 たとえ、それが黄泉の国の食事だったとしても。


 出された食事に口をつけ嚥下し、酒を口にする。

 そんな俺の食事風景を、笑みを浮かべたままジッと見てくる伊邪那美。


「どうであった?」

「そうだな。食材の有無は別として、悪くはなかった」

「そうであろう、そうであろう。のう? 知っておるか? 黄泉の食事をした者がどうなるのかを」

「現世に戻れなくなるというのは知っているが?」


 俺の答えに、微笑が崩れ無表情になり半眼で見てくる伊邪那美。


「知っていて口にしたと?」

「ああ。出されたモノは口にするのが俺の心情だからな」

「毒が入っていると知っておってか?」

「まぁ、俺には毒は効かないからな」


 一般人と大差の無い肉体と言っても、遺伝子レベルから肉体を操作できる俺にとって毒は無意味だからな。


「ほう。面白い事を言う」

「それよりもだ。先ほどの話の続きだが」

「先ほども言ったとおり無理なモノは無理だと言っておろう? まぁ、汝が何かしら、こちらに有益なことを提供するのなら、話は別だがの」

「ふむ……」

「まぁ、汝は、この世界で黄泉の住人として、そこの人間と共に暮らすのが良いのではないのか? 遅かれ早かれ汝と近しいモノも、こちらの世界に来る事になるであろうし」

「どういうことだ?」

「何じゃ、気が付いておらんのか? 汝が此方の世界に来てから、その行動を見ておったが、人間離れした身体能力と力――、それだけのモノを手にいれる為に、どれだけの因果を歪めてきたのか、貴公は理解しているものと思っておったが……」

「そのことか。その事を、俺の知りあいが、こちらの世界に来る事になる因果関係が理解できないんだが?」

「なるほどのう」


 スッと目を細める伊邪那美。


「汝の力の影響を、近しい者も受けるということだ」

「――なっ!」


 俺は思わず立ち上がる。

 それは、まさか――。


「汝にも守りたい者がいるということか。まぁ、黄泉の国に来た時点で何か理由があるとは察しておったが、なるほどのう。汝が守りたい者が、この世界と現世が繋がる籠に縁があるということか」

「……」

「そう睨むではない。人間の寿命など刹那のようなものではないか。不慮の事故で死ぬことなど多くあることだ。まあ、それだけの力の傍に居たのならロクな死に方はせぬと思うがの」

「……そうか」

「――さて、黄泉の国も良い所であるぞ。最近は、妾が管理しておる黄泉も、ずいぶんと賑やかになったからな」


 俺は首を振る。


「済まないが、俺には、ここの世界に止まるという選択肢はない」

「のう、妾は汝を気にいった。この黄泉の世界で共に暮らすのは良い提案だと思うのだが? それに、この黄泉の国の物を口にした以上、この世界からは出ることは出来ないのだぞ? これは世界が決めた理」

「そんな事は俺には関係ないな」

「決めるのは、其方ではない。世界だ」


 俺は、笑みを浮かべる。


「悪いな。俺に命令できるのは俺だけだ。世界が、女神が、神が、理が俺に何かを押し付けようとしてきても、それを喰らって滅ぼして、俺は先に進むと決めたんだ。だから、俺は、誰の指図も受けない」

「――何を馬鹿なことを――ッ!?」


 氷のような微笑で俺を見ていた伊邪那美の顔色が変わる。


「――そ、そんなことが……。其方は……、あれだけの冥府のモノを口にしておいて、黄泉の国の住人になって……いない……だと!? ――い、いったい……一体! 其方は何者なのだ!」

「だから、言っただろう? ただの一般の男子高校生だと」

「まさか……食していないということは……」

「ないな。まぁ虫が高っている食事だったが、カロリー的には悪くはなかった」


 まぁ異世界では、普通に猛毒の魔物の肉とか喰って飢えを凌いでいた時もあったからな。

 それと比べれば遥かに上等な代物だったな。


「何を言っているのか意味が分からないが……、其方は現世に行ける方法を知っておるのか?」

「どういう意味だ?」

「だから……、黄泉の国の住人でも現世の世界に――」

「ん? ああ、そのことか。正常な肉片の一部でもあるのなら、可能だな」


 俺の使う技術体系は、魔法などの神秘でなく科学を根幹に置いたモノだからな。

 

「……なるほど」


 伊邪那美の先ほどまでの、俺を見下すような雰囲気が霧散していく。


「のう、桂木優斗とやら」

「ん?」

「妾を現世に連れて行くことは可能か?」

「どうだろうな? だが――、こちらの要求も呑んでくれるのなら、考えてもいいが?」

 

 

 

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