第12話
「それじゃ、胡桃。都を家にまで送ってくるから鍵を閉めておくんだぞ」
「はーい」
軽い足音で玄関まで来た妹は、「お兄ちゃん、デート楽しんできてねっ!」と、ドアを閉めてしまう。
「まったく、そういう仲ではないと言っているのに」
「胡桃ちゃんは、相変わらずね」
「そうだな」
とりあえず頷く。
正直、よくは覚えていないどころか、まったく覚えてないが、都が俺の妹の行動を何時も通りと言うならそうなのだろう。
公団の急な階段を降りて、細い路地を歩く。
左手には、千葉市の郷土資料館があり緑豊かな場所だが、住宅や店舗が無いためか街頭のみが道を照らしている。
「なんか優斗が家まで送ってくれるって、ビックリだよね」
「そうか? 至って普通だと思うが?」
「ううん、そんなことないよ。だって、優斗って今日の朝までは、ずっと頼りないっていうか私が守らないとって感じだったから」
俺は思わず無言になる。
都の中で、俺はどういう風に思われていたのかを認識したからだ。
「それに、優斗って私のことを都ちゃんって呼んでいたよね」
「そ、そうだったか……?」
「うん。そうだよ! 純也のことも峯山って呼んでいたし……、いきなり人間が変わったみたいで私と純也はびっくりしたんだよ! イメチェンかも知れないけど……、ほら! 高校デビューみたいな?」
えへへ……と、笑顔を向けてくる都。
だが、俺には返す言葉がない。
都や純也を大事に思っていたことは間違いない。
異世界に間違えて召喚された時だって、気持ちはそうだった。
だが……。
「都、俺は……」
喉元まで出てきた言葉を俺は呑み込む。
理由は、都が嬉しそうな表情を俺に向けてきたから。
「優斗が、中学の頃から一歩前進できたのなら――、その変化で私達の呼び方や自分の呼称を俺って言うならいいと思うの!」
「それは……」
「優斗?」
「……あ、ああ……。そうだな……」
俺は、作り笑いをする。
作り笑いは得意だ。
30年以上も異世界で暮らして、商談をして、仕事を受けて得たモノだからだ。
誰も不振に思わなかったし、問題は何もない。
「ねえ……」
「ん? どうした?」
「私……」
先ほどまで笑顔だった都の表情に陰りが見えた。
「優斗の……、そんな顔は見たくないかな?」
「何を言っているんだ?」
「だって……、よく分からないけど……、すごく辛そうな顔しているって思ったから」
「気のせいだ」
俺は都から顔を背け、肩を竦める。
戦闘においてポーカーフェイスは絶対。
それなのに、俺の表情を一目見ただけで看破された? 理解できない……。
「そう……」
短く言葉を返してくる都。
しばらく無言で路地を歩く俺と都。
そして幹線道路――、旧東金街道へ出る。
まだ時刻は午後10時を過ぎていない事もあり車の通りは多く、人通りもまばらだが確認できた。
「優斗……」
「すまない。別に、何か思っている訳じゃないんだが……」
「大丈夫。私のほうこそ変なこと言ってしまってごめんね」
「いや――」
「優斗だって、色々あって悩んで決めたことなのに、何か変なことを言ってごめんなさい」
「気にしなくていい。ほら、男子にはよくあるだろう? 自分設定みたいな」
「そうなの?」
「ああ。だから深い意味はない」
「……そう」
街道を歩きながら、話を続ける。
そして他愛もない話が終わるころには、都の家がある路地へと差し掛かる。
角を曲がり、しばらく歩くと大きな一軒家があり――、両開きの鉄製の扉が視界に入った。
「都の家は大きいな」
「お父さんが社長なだけだよ。それよりも優斗、上がっていかない? お母さんも、優斗なら歓迎してくれると思うし」
「――いや。いい」
「でも……、ほら! 優斗が好きな御菓子もあるし!」
お菓子……。
俺、お菓子なんて好きだったか?
記憶にないな。
――いや、好きだったのかも知れない。
だが、覚えてない。
「いや、大丈夫だ。もう夜も遅いから都は、さっさとお風呂に入って寝た方がいい」
「……うん」
華美に装飾が施されている鉄製の扉を開けて敷地内に入っていく都の背中を見送り、彼女が自宅に入ったのを確認した後、俺は後ろを振り返る。
「そこに隠れた奴。俺に何か用か?」
俺は、街頭の灯りが届かない闇に潜んでいる男に向かって声をかけるが反応はない。
まったく……。
心の中で溜息をつく。
そして、暗闇の方へ向かって歩いていく。
距離が近づくたびに相手の気配から、動揺というか戸惑いの感情が伝わってくる。
「――な、なんだね! 君は!」
50代過ぎの恰幅のいい男が暗闇から出てくると、まっすぐに俺を見てくる。
「身分をいきなり尋ねられても困るんだが? それに他人に身分を訪ねるのなら、自分から名乗るのが筋だろう?」
口調から言って、目の前の中年の男は、俺を目当てに付けてきたという訳ではないのか。
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