第9話

「二人とも来たのか」


 中々、絶妙なタイミングで来たなと思いつつ、教科書を棚に戻し玄関へと向かうことする。

 それは何故か? と言えば、一度目のインターホンが鳴ってから何度も立て続けに。


 ――ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!


 どこのガキだ! と、思わずツッコミを入れたくなるほどインターホンを鳴らす馬鹿がいるからだ!


「おい! 純也! 周りに迷惑だろ!」


 玄関扉の開錠をしたあと扉を開けながら、こんなアホみたいな迷惑行為をするような奴は純也しかいないと思い怒鳴ると――、目の前にはインターホンを押すために人差し指を立てたまま固まっている都の姿があった。

 そして、都の後ろには純也が立っていて、都の肩を掴んでいた。


 思わず無言になる俺。

 一体、どういうことだ?

 都は、インターホンで遊ぶようなことを今までした事はない。

 特に夕方を過ぎて午後7時過ぎの、しかも公団という音が反響しやすく、他所の家に迷惑が掛かるような時間帯に、こんな事をするような奴では……。


「ふぇ……」


 どうして、都がこんな――、インターホンを連打するような事をしたのか理解できずに呆然としていると、都が瞳からポロポロと大きな涙を浮かべると、俺の胸に飛び込んできた。


「うあああああああああん。よかった! 優斗が生きてる!」

「どういうことだ?」


 幾度の戦いを超えてきた俺でも、今のこの状況は意味不明過ぎる。


「お、おい。都――」

「優斗よね? 優斗でいいのよね? 本当に、優斗よね?」

「あ、ああ……。純也、どういうことだ?」


 まともな答えを返してこない都。

 仕方なく、俺は純也の方へと視線を向ける。

 すると純也が深く溜息をついてから口を開く。


「いや、実はな……。車の爆発炎上の黒い煙なんだけどさ、高校のグラウンドからも見えたんだよ」

「……」

「――で、その後、しばらくしてから、うちの高校生が事故にあったって運動部の間で話が回ってきたんだ」

「なるほど……。だが、生徒名は伏せるはずじゃないのか?」

「ああ。最初は、学校の誰かというのが分からなかった。だから都も冷静だったんだけどさ、陸上部の顧問とうちのサッカー部の顧問が話していたんだよ。事故にあったのが、桂木だって」

「優斗、優斗」


 俺と純也が話している間にも都は泣きじゃくる。


「――で、それを都が聞いたと?」

「ああ。教師が無事だって言ってたけどさ、お前、ガードレールにぶつかったんだろ?」

「まぁな」

「――で、ガードレールを見た都が顔を真っ青にしたわけだ。すげー血がついてたし、道路も血だらけだったからな。もう大変だったんだぞ。都は、電車の中ではずっと泣いてたし、駅に着いたら着いたで俺を引き離す速度で走ったし」

「そうだったのか……」

「俺は何ともないから、そろそろ離れないか?」

 

 仕方なく俺は妹の頭を撫でるようにしながら、努めて優しく都に話しかける。

 すると、びくっ! と、体を震わせたあと、恐る恐ると言った様子で都が見上げてくる。


「ゆうと……」

「ああ、優斗だ。それより、俺は何処も怪我をしてないから大丈夫だ。だから泣き止んでくれ」


 正直、バンシーの精神攻撃や、セイレーンの歌声による幻惑術よりも、都が泣いている方が精神的にきつい。


「……やだっ」


 一応、泣き止んだのは良いが、今度は俺に強く抱き付いてくる。

 

「純也……」


 俺は、幼馴染の一人である純也の方へ助けを求めるようにして視線を向けるが、純也は肩を竦めるだけ。

 俺を助けようという気持ちが一切ないようだ!


「はぁ……。とりあえず、家に入らないか?」


 俺は純也の後ろへと視線を向けながら二人に話しかける。

 後ろには向かい側に住んでいるおばさんが、面白いモノを見たとばかりに口元に手を当てて俺達の方を見てきていた。

 

「あら! お熱いのね! そのままキスしちゃえばいいのに!」

「おばさん……」

「まあまぁ」


 俺のジト目に向かいに住んでいるおばさんは、首を引っ込めてドアを閉めた。


「あれだな。とりあえず優斗の家に入ろうぜ」

「……」


 コクリと小さく頷く都。

 そして、俺の後ろにはアイスクリームを口にしながら、興味深そうに都と俺を交互に見ている妹。


「お兄ちゃん」

「なんだよ……」

「いつから都さんと、そんな仲になったの?」


 そんな妹の言葉に俺は深く溜息をついた。







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