第7話

「気のせいだ」


 とりあえず気のせいで押し通すことにする。

 むしろ、『気のせい』以外で押し通す方法を俺は知らない。

 これが魔王討伐の為にパーティを組んでいた大賢者エリーゼが居たら、また違っただろうが……。

 まぁ、アイツは基本的に問題児だらけの俺のパーティでもっともまともな奴で、元は神官で、ただ一人の交渉役だったからな。


「えー。私が間違えるはずないのに!」

「胡桃の何が、どうなって、そうなったかは俺は知らないが、エントランスで話していると他の住人の迷惑になるから、さっさと帰るぞ」

「はーい」


 手を上げて元気よく答えてくる妹。

 そして、俺達は5階建ての公団住宅の階段を上がっていく。


「お兄ちゃん」

「何だ?」

「エレベーターとか付けてくれないのかな?」

「5階建ての公団住宅に文句をいうな。賃貸価格だって2万2千円の良物件だぞ」

「でも、エレベーターあったら重い荷物とか運べるよね?」

「気合で運べ」

「むーっ。お兄ちゃんが、つめたーい」


 可愛らしい顔。

 その頬を膨らませながら抗議するかのような表情をしてきたので、頬を人差し指で押し込むと「ぶすっ」と、言う音が、妹の口から空気と共に吐き出される。


「もー!」

「悪い。ついやってみたくてな」


 こういう馬鹿なやりとりも、30年前にやっていたなと思い返しつつ階段を上がっていく。

 そして到着した5階。

 錆の浮いた緑色の鉄扉。

 そのドアノブに鍵を差して回す。

 ガチャリという音と共に開錠される音が聞こえてきたあと、ドアを開けて家に入った。

 

「お兄ちゃん」

「ん?」


 とりあえず、俺は妹と別れて洗面所へ。

 洗面所には、洗濯機が置かれている。

 俺は血がべっとりとついた学ランと下着とTシャツを脱ぎ、粉の潜在を入れていたところで妹の俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「どうした?」

「ケチャップって、なかなか汚れ落ちないと思うから、洗剤に付けておいた方がいいんじゃないの?」

「ああ、分かってる」


 洗剤を洗濯機に入れたあと、水を張り、Tシャツと下着を入れる。

 そして、体内の生体電流を操り、指先から放出。

 電荷による水のイオン化により、血の成分を分解し、さらに高速で手を動かすことで、一瞬で洗浄を完了させる。

 白のTシャツと下着はピカピカになった。


「ふっ。さすが、異世界で洗濯屋を開かないか? と、誘われた俺の腕は訛ってはいないな」


 魔法が一切使えない俺の数少ない生活魔法に匹敵する特技。

 あとは学ランも洗い、妹に不自然に思われないように二度目は普通に洗濯する。


「さて――」

「お兄ちゃん。そう言えばお風呂に入ったほうが……」


 洗面所に来た妹。

 その妹が、裸だつた俺を見て――、視て――。


「何で裸なの!」

「仕方ないだろ! 汚れたんだから!」

「ここに女の子がいるんだか! もう少し、気を使ってよ! 眼福だって、思ったけど!」

「お前は、自分の言った事の内容に疑問を持った方がいいと思うぞ」


 俺は溜息をつく。


「とりあえずシャワー浴びてくるわ」

「う、うん……」


 チラチラと俺の方を見てくる妹。

 そんな妹を無視して風呂場に入りシャワーを浴びて、シャンプーで髪の毛を洗ったあと、風呂場から出るとTシャツとトランクスが置いてあった。

 どうやら妹が用意してくれたようだ。


「胡桃、ありがとな」

「別にいいし……。それと、お兄ちゃん」

「何だ? お小遣いはあげないぞ?」

「家計を管理しているのは私だから! それより、純也さんと都さんが、あと1時間くらいでくるって」

「そうか。それなら何か飯でも作っておくか」


 もう夕方だからな。




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