第3話
異世界アストリア。
そこは剣と魔法の世界であり女神レイネーゼが治めていた。
世界中の人間から崇拝されている絶世の美女。
女神は、魔族の中から出現する魔王により人種が劣勢になった時、自身を信仰する教会の聖女に神託を与えて、異世界から勇者を召喚し魔王を討伐させる。
――それは100年に1度のサイクルで繰り返されていた。
それが異世界アストリアの在り方であった。
だが――、俺の時は違っていた。
勇者ではなく、一般人である俺が召喚された。
理由は簡単で、3人で学校に向かっている時に、足元に出現した魔法陣から、峯山(みねやま)純也(じゅんや)を突き飛ばして助けたからだ。
結界の外へと突き飛ばされた純也。
「優斗!」
そう、切羽詰まった声が聞こえたと同時に、俺は都と共に異世界に召喚されていた。
何の力も与えられず、戦う度胸すらなかった俺が……。
――ガチャ。
瞼を閉じたことで、少しだけ過去の夢を見ていた俺は、敏感に音に反応する。
背中を預けたまま、屋上へ唯一通じているドアへと視線を向ける。
「優斗居たよ!」
「マジか!」
姿を見せたのは都と純也。
「どうしてここに?」
俺は不思議に思い口を開く。
「だって! 優斗ったら、給食も食べずに屋上行くから!」
「そうだぞ。冷たくなったら給食は不味くなるからな」
「そういえば、そうだな……」
そうだった。
この世界には、給食というのがあった。
30年以上、異世界アストリアで暮らしていたから、もう忘れてしまっていた。
「ほらっ! 優斗早く! 給食を食べる時間が無くなっちゃうよ!」
都が俺の手を掴むと歩き出してしまう。
俺は、少しだけ懐かしさを感じながら都や純也と一緒に教室へと戻った。
昼飯を食べたあとは、授業が始まり放課後になり、都は陸上の部活へ、純也は、サッカー部へと行くために、それぞれ分かれた。
もちろん俺は帰宅部だったので、そのまま家に帰ることにする。
学校の坂道を下っていき、寂れた商店街を抜けて無人駅へと向かう。
しばらく歩くと十字路が近づいてくると、ボールが道端に転がってくるのが見えた。
俺達が通っている高校は、山武郡の田舎に創設された学校と言う事もあり過疎地だった事もあり、十字路と言っても信号も無ければ、車の通りもほとんどない。
人通りも登校時と帰宅時にあるくらいだ。
「まったく……」
俺は、住宅の敷地から道路に向かって転がってくるボールを見ながら「平和だな」と呟く。
丁度、5歳くらいの少女が、ボールを追いかけて道路に飛び出してきていた。
普段なら、特に何ともない光景に俺は視線を駅の方へと向けた。
その瞬間――、少女から視線を逸らしたと同時に車のブレーキ音を俺の耳が聞き取る。
視線を向ければ、少女の目の前までスポーツカーが迫ってきている光景が目に映りこむ。
女の子は、ボールを両手に持ったまま、何が起きたのか分からず呆然とし動くことも出来ずにいた。
そして――、車の方に視線を向ければ、引き攣った表情の中年の顔が見える。
女の子と車が接触するまで、1秒もない。
そう理解した瞬間、俺の体は動いていた。
――ドン! と、いう鈍い音と共に俺の体は宙を舞う。
もちろん腕の中に少女を抱きしめたまま。
車のバンパーに接触し空中を舞い十数メートルほど吹き飛ばされた俺は、ガードレールが凹むほどの衝撃を体に受ける。
それと同時に車が何かにぶつかる音が聞こえてきた。
すぐに寂れた商店街の方から人が集まってくる。
「だ、大丈夫かね? 君!」
真っ先に俺に話しかけてきた商店街の親父。
「特に問題はない」
俺は少女を抱きかかえたまま立ち上がり、道路の上に下す。
咄嗟に、肉体を構成しているミトコンドリアに命じて、肉体の高速再生と肉体強化を行ったおかげで、少女を助け損傷した肉体を修復することは出来たが――。
「特に問題ないって……血だらけじゃないか! いま、救急車を呼ぶから待っていてくれ」
「いや、だから何も問題ないから……」
正直、大ごとにされては困る。
たしかに少女を庇って車のバンパーと接触してガードレールにぶつかった瞬間、内臓破裂に、四肢損傷に、17か所の骨が折れ、100か所以上の打撲を受けたが、今は完全に回復しているから問題はないし、異世界アストリアで戦っていた時は、よくあった事だ。
「……ううっ」
くぐもった声が聞こえてくる。
視線を向けた先には、電柱に衝突しエアバックで助かっていた中年男性の姿が見えた。
そして何かが燃える匂いと、車の下にはドバドバとガソリンが漏れている光景が!
「まずいな」
「お、おい! 君! 重症なのだが動いたらいかん!」
俺は車まで走り、変形してしまっている運転席側のドアを無理矢理に力で車本体から引き剥がす。
そして、すぐに運転手を車から救出し離れ――、それと同時に車はガソリンに引火したのか大きな爆発音と共に、燃え上がった。
「何とかなったな……」
「君、本当に大丈夫なのか?」
俺が血塗れの服を着ているにも関わらず平気な顔をして動いている事に疑問を抱いた商店街の親父が確認してくるが。
「ああ、当たりどころが良かったんだろう。特に怪我などはしてない」
「――いや、ガードレールが……」
「不良品と言うやつだな」
「ガードレールに不良品なんてあるのか……」
俺が背中を打ち付けた状態で、形で曲がっているガードレールを親父が見ながら納得いかなそうな様子で言葉を口にしている。
「とにかく警察を呼ぶから、少し待っていてくれ。あと打ちどころが良かったとか、ありえないからな! 救急車も呼んであるからな!」
「警察に救急車か……」
面倒だな。
俺は思わず溜息をついた。
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