第2話 

 電車通学の俺達は、電車から降りると走って学校に向かう。

 俺が、戸惑っていたせいで、電車に1本乗り遅れたが原因だった。

 純也が肩で息をしながら、学校へと通じる坂道の前で立ち止まり後ろを振り返る。


「おおっ!」

「どうした?」

「――い、いや。いつもは、優斗は都よりも走るのが遅いからビックリした。何かスポーツでも始めたのか?」

「特にはしてないぞ」

「そ、そうなのか……?」

「ああ。このくらいは普通だ」


 深く深呼吸しながら、頷く純也は、今度は、俺の後の方へと視線を向けた。

 俺も釣られて見て見れば、都が懸命に走ってくる姿が見えた。


「二人とも早いよ!」

「最近、サボっているんじゃないのか? 都」

「そんな事ないもん! きちんと陸上部に入っているから! 純也だって、サッカー部なんだから知っているでしょ? それよりも――」


 都が俺へと視線を向けてくる。


「優斗って何かスポーツでも始めたの?」

「二人して、同じことを聞いてくるな。俺は、至って普通の高校生だ」

「普通の帰宅部の人間が、運動部の俺らと同じ速度で走るどころか、息も切らせていないってどうなんだよ」

「そうよ!」


 二人の言葉に、確かに! と思いつつ、俺は苦笑いで返す。

 いまの俺は、異世界アストリアに召喚される前とは決定的に違う。

 30年以上かけて習得した戦闘技術と知識は記憶に残っている。

 その知識と戦闘技術が、鍛えていない一般の男子高校生である俺の肉体を最適解に動かしているからこそ、二人の走る速度に余裕で追いつけている。

 ただ、それだけのことだ。


「ふーん」


 俺の説明に納得がいっていないのか意味深な表情で距離を詰めてくる都。

 そして上目遣いで俺を見てくる。


「何だか、優斗が優斗じゃないみたい」

「――! そ、そんなことはないぞ?」

「……だよね。でもね……口調が全く違うから……。だから何だか、優斗が遠くに行ったみたいに感じるの」

「それは、考え過ぎじゃないのか? だろ? 優斗」

「ああ」


 変なところで鋭い都の言葉。

 純也は純也で浮かない表情のまま俺の問いかけに対して曖昧に肯定の意を示してきた。


 語りあっていると、始業式のチャイムが聞こえてくる。


「まずっ! 二人とも遅刻するぞ! 走ってきた意味がねー!」


 純也が学校へと通じる坂道を走って駆けあがっていく。

 都も「遅刻しちゃう!」と、純也を追いかける。

 そんな二人の後ろ姿を見て、俺は思わず笑みが浮かんだ。


「さて――」


 俺も二人の後を追うようにして坂道を駆け上がろうとしたところで、足を止める。


「何だ?」


 周囲を見渡す。

 だが――、感じた違和感は、すでに存在していない。

 

「気のせいか」


 一瞬、殺気というか憎しみのような波動を感じた。

 それは異世界アストリアでは、ダンジョンなどではよく感じるモノ。

 

 ――だが……。


 俺は頭を振るう。


「ここは日本だからな……。海外ならいざ知らず殺気を放つ存在が居る訳がない」


 そう、異世界と違って科学が支配する世界で、そんな非現実的なモノが存在する訳がない。

 自身を納得させ俺は坂の上に建てられた学校まで急いで向かう。

 そして、二人に追いつき校門が閉まるギリギリで遅刻することからは免れた。

 

 学校に着き午前中の授業も終わり昼時間。

 俺は一人、誰にも気がつかれないように高校の屋上へと移動していた。

 屋上のフェンスに体を預けながら、俺は景色を眺める。

 視線の先には電車が走る陸橋が見えた。


「吹いてくる風は心地いいな」


 授業という日常風景。

 それは勇者として活動しモンスターや人殺しをしていた俺からしたら、まったく逆転したかのような世界。

 そんな正常な世界を象徴とする教室に居る事に居心地の悪さを感じてしまう。


「元の世界か……」


 俺は感慨深く呟きながら空を見上げて目を閉じた。




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