最強の英雄は幼馴染を守りたい

なつめ猫

第一章 呪いのエレベーター編

第1話 

 どこまでも続く暗闇の世界。

 次元の裂け目に、呑み込まれたあとは、殆どの力を消耗しきっていた俺は時空の流れから脱出する事はできなかった。


「まぁ、いいか……」


 そう、呟く。

 俺の復讐の旅は終わった。

 俺達を召喚した元凶である女神を殺すことも出来た。

だから、もう何も心残りはない。


 俺は、自分の腕を見る。

 そこには、数十年という長い年月を戦って出来た無数の傷跡が存在する。

 

「俺は、頑張ったよな……。――なあ、都」


 一緒に異世界に間違えて召喚された女性を思い出す。

 もう記憶も定かではなくなった日本という世界。

 ただ、俺が本当に守りたかった女性の姿だけは色あせず鮮明に思い出すことが出来た。


 そして――、そこで俺の意識は途絶えた。


 


 ――懐かしい、音が聞こえる。

 

 それは、電車の到着を知らせるホームで流れるアナウンス。

 いつの間に意識が戻ったのか?

 いや――、死んだのか?

 自問自答しながら俺は目を開けた。

 すると視界には、ありえない光景が飛び込んできた。

 すぐに混濁していた意識が急速に鮮明になる。

 それと共に、俺は、自分自身が何処の世界に辿り着いたのかを確認するために周囲を確認した。


 雑踏な人の群れ。

 そこは、俺が過去に置き去りにした場所。

 大勢の学生やスーツを着た社会人が行きかう場所。


「ここは……、日本なのか?」


 そこは見覚えのある場所であった。

 そこは改装工事が終わったばかりの千葉駅前。

 時刻時計も壁に貼り付けられていて、時刻は午前7時半。

 丁度、通勤と通学ラッシュ時ということもあり人通りはかなり多い。

 そのおかげで、周囲を歩いている人々からは様々な好奇心を持った視線を向けられていた。


「ここは日本か? いや、それよりも……」


 俺は自分の声に驚いていた。

 初老の域に達していた俺の声は、若々しい若者の声へと変わっていた。

 思わず自分の手を見る。

 そこには、長年、戦ってきた事で出来た傷跡などが綺麗サッパリ消えていた。


「一体……どうなって?」


 先ほどまでは異世界アストリアに居たはずだ。

 なのに、どうして――。


「大丈夫か? 優斗」

「え?」


 一人考えに没頭していた事で、後ろから話しかけられた事に動揺しつつも、俺は立ち上がり振り向く。

 

「ど、どうした? 急に振り返って」

「――い、いや……。――な、何でもない」


 歯切れの悪い返答になってしまった。

 それよりもだ……。


「峯山(みねやま)だよな?」

「寝ぼけてんのか? それに、いつもは純也って呼び捨てしている癖に、何か心境の変化か?」

「そ、そうだな……」


 俺は、自身の動揺を隠しながら額に手を当てる。

 目の前の男は、峯山(みねやま)純也(じゅんや)。

 同級生の幼少期から一緒に遊んでいる男仲間だ。

 所謂、腐れ縁と言ったところ。

 問題は、俺の擦れた記憶の中に存在している純也と口調も態度も同じだということ。


「さっきから変だぞ? 本当に大丈夫か? 熱でもあるんじゃないのか?」

「いや、本当に何でもない」

「そうか? 何か口調も何時もと違うよな? イメチェンか? でも、話し方を変えるってイメチェンって言うのか?」


 どうでもいい事を、純也は呟いては自身で突っ込みを入れていた。

 その姿を見ていて俺は尚更、分からなくなる。


「純也、いまって西暦何年だ?」

「自分の携帯見れば分かるだろ?」


 純也は、何を言っているんだ? と、言う感じで呆れた様子で俺を見てくる。

 昔、ポケットに携帯を入れていた事を思い出し、携帯電話を取り出す。

 そこには西暦2023年5月1日と表示されていた。


「間違いない……」


 思わず呟く。


「何を言っているんだ?」


 純也が不思議そうに聞いてくるが、俺はそれどころではなかった。

 西暦2023年5月1日と言えば、俺と都が異世界に間違えて召喚された日だ!


「優斗! 純也!」


 日付を確認したところで、俺達の名前を呼びながら近づいてくる少女がいた。

 それは――、その姿は――。


 そこまで思ったところで! 何かを考える前に! 俺の体は動いていた。

 彼女を――、幼馴染である神楽坂(かぐらざか)都(みやこ)に向かって。

 そして無自覚のまま、彼女を抱きしめる。

 腰まで伸ばしている綺麗な黒髪。

 大きな円らな黒い瞳。

 彼女の美しい黒髪は、穏やかな春の日差しを受けて幻想的に輝いている。

 抜群のプロポーションに、可愛らしい顔立ち。

 それらと、彼女の匂いが鼻孔を擽る。


「……生きている」


 目の前で、魔王軍に殺された都。

 守る事が出来なかった思い人である都。

 何十年も都の仇を取る為に、費やした人生。

 それらが、無駄ではなかったと! 正しかったのだと! 肯定され――許される……、そう思ったところで。 


「痛いから! 優斗、痛いから!」

「――あっ……」


 都の声で、冷や水を浴びせかけられるようにして、彼女を抱きしめていた手を離す。


「――す、すまない……」


 俺は……何を考えていた。

 何故、自分が許されると思った?

 謝罪しながら、都から離れる。


「大丈夫? どうしたの? 優斗……。ねえ? 純也、今日の優斗っておかしくない?」

「俺も、そう思ったんだが……。さっき倒れてから、こんな感じなんだよ」

「どこか変なところをぶつけたとか?」


 俺が無言だったのを良い事に、俺と幼馴染である二人は憶測で話し始めていた。

 自分自身が突然取り乱したことを自覚し、反省しつつ、俺は口を開く。


「心配をかけてすまない。変な夢を見たから――」

「それで都に抱き付いたのか? 今日は、偉く言い訳が大胆だな! 優斗!」

「もう、そう言う事言わないの! 優斗、本当に大丈夫なの?」


 俺はコクリと頷く。

 

「なら、学校にさっさと向かわないと遅刻するぞ?」

「そうね! 早く行きましょう。優斗も急がないと!」

「あ、ああ……。そ、そうだな」


 俺は、そこで足を止める。

 そして異世界アストリアに勇者として召喚された時のことを思い出す。


「純也! 都! こっちに来い! そっちは危険だっ!」


 思わず上げた大声に駅前のロータリーを歩いていた大勢の人々の視線が俺に向けられるが、そんなことを気にしていたら、都どころか本来は勇者として召喚されるはずの純也まで異世界に連れて行かれてしまう。

 

「危険って――」

「優斗、そんなに怖い夢を見たの?」


 純也も都も立ち止まり――、本来なら異世界へ召喚されるはずだった場所に立っていたが、魔法陣が出現することはなかった。


「何も……起きない……だと?」

「ほら、さっさといくぞ」


 呆然としている俺の手を純也は掴むと歩き出してしまう。

 俺は何が起きたのか分からず純也に連れられていく。


「優斗、厨二病もほどほどにしないと恥ずかしいぞ?」

「――いや……」


 どうやら、俺が叫んだ理由は、厨二病と言う事に純也はしたようだ。


「ねえ? 何か、優斗が難しい顔をしているんだけど? 何か、あったの?」

「――さあな。たぶん、変な設定を考えているのかもな」


 失礼な物言いで純也は都からの問いかけに答えていたが、俺はそれどころではなかった。

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