エピローグ

それからすぐクラス替えがあって、私と美千代は別のクラスになった。


あれだけ仲が良かったのに、クラスが変わったらそれっきり私は美千代と話さなかった。時折廊下ですれ違うたび、私じゃない誰かの隣で笑う美千代から顔を逸らして、新しいクラスの友達との会話に夢中になっているふりをしてやり過ごした。


そうやって一年がたって、高校へ進学して、しばらくしてから美千代は小説家としてデビューした。


彼女の努力の賜物は、すぐに私の目にも触れる所となった。本屋の店頭の目立つところに、平積みして目立つポップとともに並べてあったから。


小説の内容は、自分に自信を持てない内気な少女と、彼女を明るく引っ張る友人との日常を描いた青春物語。


美千代の書いた小説なのだから、それはもう面白かった。朗らかな気持ちになったり、切ない気持ちになったり。でも、それだけ。


物語は物語。私の現実に何か影響を与えたりするなどということはない。


だけど、何だか胸の内に燻っている情動をどうにも抑えきることができず、私は靴の紐を結んで飛び出した。


毎朝走っている決まったコースを、いつもより気持ち速めのペースで駆ける。


最近気付いた。走るのは楽しい。


冬の冷え切った空気の中走るのも、夏のじとっとした空気の中走るのも、どっちも違って、どっちも良い。


流れる風と、呼吸と、ただ前方の景色だけに意識を割いて、空っぽになる自分。


時々ヘタレて、ペースが乱れて情けない自分。急に意地になって、なぜだか頑張れる自分。


自分で思うよりずっとずっと、ちっぽけな自分。


どれもこれも、嫌いじゃない。


そう思えるようになったのは、いつからだっただろうか。



「あああああああああ!!」



走っていてもなお収まりきらない感情に任せ、叫んだ。早朝の緑地公園と言えど、まばらに散歩している人はいて、ビクリとして私を見る人たちは、皆目を丸くしていた。


急に我に返った私は、羞恥を紛らわせるために全力で駆け出した。




今日はきっと、いつもよりも早く体力が尽きてへたりこんでしまうことだろう。

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10キロよりも遠い距離 貴志 @isikawa334

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