第10話 闇の睦言
子供に、なんてことを!
義人は怒りにふるえた。
「血が出てるって聞いて、倒れちゃった」
苦しそうに、礼が続ける。闇の中、義人は黙って耳を傾けた。
「そのおばさんが、かあさんを呼びにいってくれて」
「もういいよ、わかったから」
義人は、こわれもののように、礼の細い体を包みこ
んだ。
「つらかったな」
背中を撫でていると、少しずつ礼の呼吸が落ち着いてきた。
「ひどい事されたのに。男しか、好きになれない」
ヘンだよね、と自嘲するように言う。
「でもさ。だから俺と今、こうしてるんだろ、うれしいよ」
「うれしい? ほんとに?」
「本当だよ」
礼は義人の手を握りしめた。
「だから、ふられてばっかりなんです」
「ん?」
「お尻を触られるのもイヤなのに。そこを使うなんて」
ようやく義人は合点がいった。トラウマのために、礼はそこでの行為は出来ないのだ、求められても応えられない、そういうことか。
「毎日やってれば慣れるよ、なんて言う人もいて。そういう問題じゃないんですけど」
拒否したら、結局、ふられた。
「それでもいい、と付き合い始めたら、他の男と隠れて会ってました」
おまえのことは好きだけど、それだけじゃ我慢できない。欲望hア外で満たす、と言われて気持ちが離れた。
「わがままかもしれないけど。そういう関係はイヤなんです。そう言ったら、ふられちゃいました」
それが「赤と黒」出会った時の「またふられちゃった」相手だと礼は言った。
「そうか」
性欲が強いヤツなら仕方ない気もする。
欲望は強くない方だ、と義人は自己分析している。
葵と寝たのは数回。終わったとたんに背を向けられ、触れるのが怖くなった。以来二年近く、自家発電の日々が続いてきた。自分の指が恋人という月日だった。
礼とは、無理にしなくていいのだ。
それが分かって、心のどこかで、義人はほっとしていた。男同士のセックスというと、そうしてもバックで、と思ってしまう。
「あのさあ。なんでパンツ、洗ってくれたの?」
義人は話題を変えた。
はじめてこの部屋に泊まった夜。入浴中に、礼が自分の使用済みパンツを手洗いしてくれた。妙に恥しくなってしまった。
「また来てほしくて」
「なんで?」
「だから、もっと会いたいし泊まりにきてほしかった、着替えがあると来やすいでしょ」
「マジ焦ったよ」
白いきれいな指が自分の下着を手洗いなんて。
あの気恥ずかしさが、すべての始まりだttのだろうか。
闇の中だから顔色は分からない。礼も自分も顔が赤くなっているのでは。
「好きです、義人さん」
礼が義人の胸に頬を摺り寄せた。
「俺の、どこがいいの」
「やさしいから」
買いかぶりだ、と義人は思う。
「礼の方が、ずっとやさしい」
冷たい妻に絶望する自分を、さりげなく慰めてくれた。何度も何度も礼に助けられた。
特に染みたのが、昨日の朝の味噌汁だ。
「実家で目が醒めたのかと思ったよ」
自分に味噌汁を作ってくれるなんて母親以外に考えられなかったから。
「料理は母から教えてもらったんです」
「そう。あの味噌汁、本当におふくろの味だったんだ」
「母は病弱で。生きてるうちに教えておこうと思ったみたいです。一人で何でもできなきゃいけないって」
礼の父は、妻の死後、半年もしないうちに再婚した。以前から女がいたのだ。
「あまり帰ってくるなと言われています」
継母とはうまくいかないし、異母弟たちとは年が離れてすぎて話が合わないし。
「でも父には感謝しています、大学まで出してくれたし」
そんな「実家」だから正月にも帰らなかっただな。
義人の正月ア、実家でにぎやかに過ごしたが、葵との不仲のこともあり、帰ってからの日々が気になり。それでも家族は帰ってくるな、などとは言わない。
「今年のクリスマスは、楽しくやろう」
「はい」
「来年の正月も、一緒に」
義人の言葉に、礼がくすくす笑った。
「気が早いですよ義人さん。まだ三月になったばっかりですよ」
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