第6話 なごみの休日
「ごめん。なんつうか、すぐに帰るのが嫌で」
葵は無言だ。きれいにマニキュアを塗った爪で、コツコツとテーブルを叩く。苛立っているときの癖で、義人は恐怖を感じてしまう。
「わかった。好きにすればいい、でも無断外泊だけはしないで」
もしやったら離婚、と葵は宣告した。
脅しかよ。
義人の中で、何かがはじけた。
「今度の週末。友達の家に泊まってくる」
そう口走った。
礼に会って、ほっこりしたい。
言ってしまってから気づいた、礼の都合を聞かずに決めたことを。
自室から連絡すると、礼は嬉しそうに、
「どうぞどうぞ。楽しみにしてます」
「急でごめん」
恐縮しながらも、快諾にほっとする。胸の黒雲が晴れるようだ。
週末まで三日。あと三日で礼に会えると思うと、通勤も仕事も、苦にならなかった。
礼と一緒にいると、なんで楽しいのだろう?
初対面から妙に気が合い、いつまででも話していられる。そんな相手はめったにいないが、皆無ではないと礼と出会って気づいた。とにかく、ほっとできる相手なのだ。
一緒にいて落ち着くし気が休まる。葵とはまるで正反対。
大喜びで結婚した相手だが、実際、葵は怖い。
帰宅時、カフェ等に寄るのは控えることにした。それでなくても少ない小遣いを浪費したら、礼と過ごす休日の資金が減ってしまう。まっすぐに帰宅し、不機嫌な葵の顔を見て、半額総菜を食べながら、義人は耐えた。
金曜の朝。義人は、下着一式とワイシャツ二枚にネクタイ二本を持参し出社した。遠足にでかける小学生みたいな気分。今夜は二時間の通勤が免除される上、「赤と黒」で礼と合流、楽しく飲んで、部屋に泊めてもらうのだ。
「図々しいよね、三日も」
今日子ママの店から礼の部屋に着くと、さすがに申し訳ないと義人は思った。
「そんなことないです」
金、土、日と泊めてもらい、月曜の朝、ここから出社する。冷え切った自宅で週末を過ごし、満員電車に揺られて出勤、が不要なのだ。夢のように楽ちんな週末。
「結婚前は、四十分かからない部屋に住んでたなあ」
あの頃はよかった、とつい愚痴ってしまう。
礼みたいに朝早く起きて、コーヒーを楽しむことも、その気になればできたのに、夜更かししてぎりぎりまで寝ていた。
土曜の朝はベッドでぐずぐずしたが、それでもコーヒーの香りに誘われて八時前には目覚めた。
「おはようございます」
「おはよう」
微笑みあい、朝の挨拶を交わす。そんな当たり前のことが、何故、妻とはできないのか。
まる二日の自由時間。何をしようか。
「今夜、何にしましょうか」
まずは買い出し。
給料日直後の週末とあって、スーパーは混雑していた。
すき焼きがいいね、と、材料を買い込む。明日、来なくていいように、足りないものや野菜なども買い込んだ。
「助かります、持っていただいて」
礼の手持ちのエコバッグを総動員して、二人とも両手にいっぱいの荷物になった。午後は散歩したりして近場で過ごした。
焼酎のお湯割りを呑みながら、すき焼きを堪能する。小さなダイニングテーブルに向かい合っての満ち足りた時間。だが、
「なさけないよなあ」
義人の口から、また愚痴が漏れる。
結婚が決まった時は嬉しくて、葵の写真を友人、知人に見せまくった。皆、一様に驚き、祝ってくれたが、披露宴はしなかったし、家に人を呼ぶのも葵は嫌がり、葵に会った者はいないのだ。
「きっと、俺がウソついたんだと思われてるよ」
「そんな」
「いいんだよ。俺みたいなブサメンが、と疑われてるかもな」
マジ、美女と野獣だもん、と自嘲する。
「そんなことありません!」
やけにきっぱりと礼が言う。
「義人さんは、とってもいい顔ですよ」
「いい顔、どんな風に?」
「くっつきそうな、太い眉毛。男っぽいです、とっても」
眉と眉の間を指さして、礼が言う。
「ちょっと垂れてる、やさしそうな目。存在感のある鼻」
「物は言いようだな」
義人は、ちょっとだけ愉快な気分になった。
「このタラコ唇が問題なんだが」
さて礼はどう表現するのか。興味津々で待っていると、
「僕みたいに薄い唇だと。冷たく見えるって言われます」
「冷たくなんかないよ。礼くんみたいなあったかいヤツ、はじめて会った」
「えー。嬉しいです」
ほんのりと頬を染める礼だった。
月曜の朝。バス停まで一緒に歩きながら、義人は満足だった。昨日は街に出て、礼と映画を見たり、ショッピングしたりと充実していた。
「義人さん。チョコレートは食べます?」
ふと、礼が義人の顔を見上げる。
「うん、大好きだよ。どうして?」
「来月のバレンタイン。僕のチョコ、もらってくれますか」
義人はぱっと顔を輝かせた。
「もちろん。友チョコでも嬉しいよ」
今年のバレンタインは月曜日、その前の週末に会ってチョコ交換しよう、という話になった。金曜が祝日、土日と三連休だ。
また連泊させてもらうか、いや、それはやりすぎ、葵に浮気かと疑われても困る。
バレンタインか、礼のチョコ、楽しみだな。俺はどんなチョコンしよう?
子供の頃、クリスマス会でプレゼント交換をした。予算内で何を買うかわくわく選んだことを義人は思い出した。
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