第5話 今年こそ
明けましておmでとう、今年もよろしく。
礼や以前の顔なじみと新年の挨拶をしあって義人は、やっと年明けだ、めでたいという気分になった。
「上ちゃん、三が日はご実家?」
「ええ、寝正月でした。ママは?」
「トシだからねえ。もっとのんびりしたかったけど。ぼっち達のために今日から働くことにした」
若々しく見えるが、ママはじきに七十台だ。
「ありがたいです。おかげで、今日からは寂しくない」
イブも、大晦日も。礼はこの店で過ごしたと聞いて拍子抜けする。
「礼くん、クリスマスは新しい彼女と一緒だとばかり」
「そんな簡単にみつかりませんよ」
苦笑する礼。
正月は実家? と訊くと、ええ、まあ。と、礼は曖昧に答えた。
結局、礼の部屋に泊めてもらうことに。前回同様コンビニで下着を買う。去年、礼が洗ってくれた一組があるが、余裕をもたせて。
「あ、そうだ」
義人はスイーツ売り場を覗き、ショートケーキを二つ買った。
「クリスマスケーキ、食べてないんだ。付き合ってよ」
「はい、でも今から?」
礼はにこにこしながら言う。
けっこう飲んだ後だ。ケーキは明日の朝に、となった。
風呂に入れてもらうとき、義人は釘をさした。
「今日は、ぜったい洗わないでよ」
「分かりました。その代り、また来てくださいね」
「うん」
翌朝は、カレーの匂いで目覚めた。
「おはよう。朝カレーか、いいね」
「おはようございます。おせちに飽きた頃でしょ」
「ああ。二日食べたら十分だね」
辛さ控えめのスープカレーは、朝でもおいしく食べられた。
デザートは昨夜買ったショートケーキ。イチゴと生クリームが、いかにもクリスマスという感じ。コーヒーもうまい。義人はやっとクリスマス気分を味わうことができた。
満足そうな義人に、礼が、
「初詣は行かれたんですか?」
「いや」
すると礼は、
「僕もなんです。あとで一緒に行きませんか」
近所に小さな神社がある、出勤前に参拝しないかと誘われた。
「いいね、行こう」
実家では義人以外は元旦の朝、参拝したのだが、行く気にならなかった。葵と行くから、と、パスした。
裏道にある、こじんまりした神社。ほとんど参拝客はおらす、すがすがしい気分で手を合わせた。今年こそ、何かいいことがありますようにと。
隣にいた礼が義人に尋ねる。
「何をお願いしたんですか?」
「今年こそ、いいことがあるようにって。礼くんは?」
「僕は」
少し間をおいてから、
「好きな人とうまくいきますように、って」
「好きな人、いるんだ」
「ええ。でも、好きになってはいけない人なんです」
「そっか」
好きになってはいけない。彼氏がいるのか、もしかして人妻?
「うまくいくといいね」
慰めとも気休めともつかないことを口にする。
バス停に向かう。公務員の礼は、昨日から仕事。これで別れるのは名残惜しい、今日は休みだし。義人は、
「俺も一緒に行こうかな」
朝のバスに礼と乗り込んだ。全く知らない路線で、見るものすべてが新鮮だ。吊革につかまり並んであれこれ話すうちに、バスはA区役所前に着いた。
「それじゃ、また。ほんと、いつでも来てくださいね」
「ありがとう!」
降車した礼に手を振る。
なんだか子供の頃に帰ったようで楽しい。
循環バスだったので乗車した停留所まで戻り、そこから駅へ。電車を乗り継ぎ帰宅することにした。本当は都内で時間をつぶし、礼の帰宅を待って今夜も留めてもらいたかったが、明日からは仕事。スーツも持ってきていないし、葵の眼もある。正月休みが今日まで、実家から今日、戻ってくると思っているだろう。
あっちは実家で年末年始を過ごし、今日も戻らないかも。休みなんだから食事は自分でなんとかしろと思っているに違いない。これで夫婦といえるのか。既に破綻しているのではないか。
結婚して三年目に入ったが、関係は冷え込む一方だ。電車が最寄り駅に近づくにつれて、義人の胸はどんよりと重くなっていく。
また同じ生活が始まった。
朝はぎりぎりまで寝て、乗換駅のホームでビン牛乳を喉に流し込む。仕事と通勤で疲れ果てて帰宅。すぐに帰るのは気が重いから、下車後、駅周辺のカフェで時間をつぶしたり、飲み屋に入ったり。帰宅拒否症が改善される気配はなかった。どうせ飲むなら、今日子ママや昔の常連、そして礼と、わいわい楽しくやりたいのだが。
今年初の給料日。
遅く帰宅すると、葵が怖い顔で待っていた。
「ちょっと」
ダイニングテーブルで、通帳を広げて見せ、
「残業なんてウソでしょ」
ズバリと言われた。
「ちっとも額が増えてない。残業代、ついてないんだよね。帰りは遅いし、どういうこと、何してるの、女でもいるの」
「違う」
義人はあわてて否定した。残業代のことがバレるので給与明細は見せていないが、確かに、手取り額は増えていないのだ。残業で遅くなる、という言い訳は浅はかだった。
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