第4話  クリスマスがなんだ!

 あっという間に師走に突入した。仕事が忙しくなり年末らしくなってくる。街にはクリスマスソングがあふれ、歳末商戦がヒートアップ。だが、義人は中旬に仕事でバタバタした程度で、何ら華やかな話題はない。

 先月の二度目の結婚記念日も、気づかないふりをしてやり過ごした。去年の初の記念日にすら葵は無関心で、何か欲しいものは、と聞いても、べつに、と答えるのみ。ディナーの誘いも断られた。結婚式は挙げず終いだったから、記念日くらい盛大に祝いたかったが、向こうにその気がないなら仕方がない。プレゼントも突き返されるのでは、と、怖くて贈れなかった。

 今年もクリスマスに期待はできない。妻に無視されている夫としては虚しさが増すばかり。その上、今年のイブは金曜日で給料日ときている。世間はどれ細盛り上がることだろう。義人のイライラは頂点に達した。


 クリスマスがなんだ!

 心の中で絶叫する。

 俺はキリスト教徒じゃない。なんでンなもん祝う必要があるんだ。

 と強がっても、寂しいのが本音だ。

 礼くん、どうしてるかな。

 部屋に泊めてもらってからひと月以上がたつ。

 きっともう素敵な女性と知り合って、クリスマスをどう過ごすか楽しく相談ているに違いない。既婚者の俺が、クリスマスどうするの、なんて訊くのもヘンだ。

 そうだ、同じ非モテ男の友人がいた、小太りメガネの岡山慎太郎。しばらく連絡をとっていない。電話してみると、

「おう、久しぶり」

 慎太郎の声がやけに明るい。

 いいことでもあったのか、と尋ねると、

「実は、結婚することになってさ」

「へえ! おめでとう」

 正直、意外だった。結婚は一生できないかも、と嘆いていた奴が。


「義人があんな美女と結婚を決めたんで俺、落ち込んだんだけどさ。妹がマッチングアプリを勧めてくれて。そこで知り合ったんだ」

 美人じゃないけど、ほっこりできるコと意気投合。いい感じで進展して、ついにプロポーズしたのだという。

「実は来年、子供が生まれるんだ」

「え」

 衝撃の告白をされた。できちゃった婚か!

「年内に籍だけ入れるつもり」

 彼女の両親も喜んでくれてるし、正月は向こうの実家にお世話になるだろう、と、幸せいっぱいの様子が声から伝わってくる。

 良かったな、そのうち飲もうぜ、と陽気にふるまって電話を切ったが、どんより落ち込んでしまった。

 マウントを取ったつもりはない。だが、葵と結婚を決めたことで、慎太郎を始め、結婚に縁がない連中からうらやましがられたのは確かだ。当然、義人は気分が良かった。

 しかし現状はどうだ。

 結婚記念日はスルー。クリスマスは今年もたぶん、葵は実家で祝うだろう。正月だって、互いの実家で過ごすのが暗黙の了解になっている。


 結局、クリスマスは冷え冷えとした空気の中、終わった。思った通り、葵は実家へ。ケーキくらい食べるか、と思ったが、一人ではわびしいだけだ。仕方なく牛丼屋に行き、同じように行き場のない男たちが大勢いるのを確認し安堵する。この中にもきっと、妻から相手にされない既婚者がいるに違いない、と。


 年末年始の休暇には、東海地方の実家に帰った。

 両親は七十台に入ったが元気で、兄一家と同居、幸せそうだ。兄も奥さんや子供たちともうまくいっているのだろう。

「たまには嫁さんも連れてこいよ」

 二つ上の兄・忠司ただしは、酔って鼻の頭を赤くして言う。

「うん、そうだね」

 葵とうまくいっていない、とは口が裂けても癒えない。妙なプライドが邪魔するし、正月にはふさわしくない話題だ。

「いいなじゃいの。私もたまには、自分の実家で寝省ガスにしたいわ」

 兄嫁の秋生あきみは最近、ずばずば言うようになってきた。次第にこの家の主導権を奪いつつあるのか。世代交代は当然だよな、と義人は思う。

 大みそかには、関西で働く姉の静香しずかも顔を見せた。三十八でそこそこ美人だが、結婚する気配はない。

「葵さんと仲良くやってるの?」

「もちろんだよ」

「ふうん」

 疑いの目を向けられているようでギクッとなる。昔から静香はカンが鋭いのだ。


 元旦には甥や姪にお年玉を渡し、それで叔父の義務を果たしたと同時に存在意義もなくなった。幸せファミリーの中にいつまでもいるのも苦痛になってくる。義人は、三日の朝には帰路に就いた。

「ふう」

 がらんとした寒い部屋に帰り着くと、またもや寂しさに包まれる。仕事始めは六日、あと二日半、どうやって潰すか。

 四日の夕方。ダメ元で「赤と黒」に電話してみた。意外にも今夜から営業開始だと告げられ、大喜びで駆けつけることに。正月休みを持て余している男が多数いることを見越してのナイス判断?

「おめでとう!」

 ウキウキ気分で店内に入って、

「あれ?」

 意外だった。礼が、カウンターの椅子にいた。

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