第3話 わびしい週末

 昨夜,、礼の風呂上がりを待って、もっと話をするつもりが、義人はいつしか深い眠りに落ちていた。普段なら遅刻の時間まで熟睡したのだ。すっかりリフレッシュして、義人は礼の心づくしの朝食を味わった。

 はじめ、礼は義人を「上村さん」と呼んだが、義人でいいよ、と答えると、

「義人さん。僕も、礼でいいですよ」

「じゃ、礼くん」

 たちまち、親し気に呼び合う仲になった。

 礼はバスで出勤というので、バス停まで同行した。昨日は茶色のセーター、今日は作業着姿だ。

「今日は現場なんで」

 区役所では土木関連の部署だという。イメージが合わないが、作業着さえおしゃれに見えるイケメンは得だ。


 出社まで時間はたっぷりある、バスが来るまで立ち話をした。

「本当にお世話になっちゃって」

 義人は心から感謝した。礼は嬉しそうに、

「こちらこそ。義人さんがいなかったら、一晩中めそめそしてたかも」

 そうだった。席に着くなり礼は、またふられちゃった、とママに泣きついたのだ。

「だいじょうぶ。礼くんなら、すぐに可愛い彼女がみつかるよ」

「そうですかね」

 寂しそうな笑みを、礼は浮かべた。

 バスが来た。軽く手を振って、礼が乗り込む。義人も手を上げて見送った。

 駅に向かって歩きながら、義人は改めて楽しかった昨夜を思い返す。

「赤と黒」で出会い、初対面とは思えないほど話が弾み、ママの勧めで一夜お世話になることに。

 お風呂は気持ちいいし、快適な睡眠、おいしいコーヒーと朝食。妻との冷え冷えとした生活の中、久しぶりにリラックスできる夜を過ごせた。

 あんなイケメンが、始終ふられている? 「また」と言うからには、そう解釈していいはずだ。


 義人には理由が思いつかない。性格が悪いのかと思ったが、話してみると、好青年としか言いようがない。

 もしかしてめっちゃ神経質で、彼女に細かく指図したり、とか。繊細すぎて、女性の方がついていけない?

 昨夜、洗って干した衣類は、礼の部屋に置いてきた。乾いてはいたが、次に来るときに使って、との言葉に甘えてしまった。

「また来てもいいの?」

「もちろんです」

 正直、うれしかった。

 今度は替えのワイシャツとネクタイも持参しようかな。自分が前の人同じ格好をしていたも気づく同僚はいないだろうけど。葵には、残業が長引いて終電に間に合あない。カプセルホテルに泊まると連絡した。既読スルーもいつものことだ。帰ってこない方が喜ばれるのだろう。



 土曜の午前中。遅く目覚めると、葵はもう出かけていた。車のキーがなくなっているから、きっと実家に行ったのだろう。なるべく夫の顔を見たくないのだ。

 こんな暮らしが二年近く続いている。またか、と思っただけだった。

 ありあわせのもので食事を済ませ、今週着たワイシャツを抱えてクリーニング屋に向かう。礼の部屋に泊まった翌朝は同じシャツを着たので、今日は四枚。先週出した五枚を受け取った。

 自分は独身だと思われているだろう。節約にうるさい主婦なら夫のワイシャツくらい自宅で洗う。しかし葵はアイロンがけも嫌いときている。クリーニングにも自分の衣類は出しに行くが、義人の分は自分で出してと言われている。洗濯物もきっと、別々に洗っているはずだ。

 ワイシャツの袋を下げて駅前をぶらぶらする。小さな商店街は、それなりに賑わっていた。

 楽しそうなカップルや親子連ればかりが目につき、自分以外のすべての人が幸せそうに映る。人それぞれに哀しみ苦しみはあるはずだが、どうしてもそう思えてしまうのだ。

 店にはクリスマスの飾り付けがちらほら。色とりどりのツリーには、やはり気持ちが浮き立つ。

 早いな、まだ十一月になったばかりなのに。

 ハロウィーンが終わると次のイベントはクリスマス。財布のひもを緩めさせようと店側も必死なわけだ。


 二年前のクリスマスイブ。新婚ほやほやの義人は、葵とホテルでディナーを楽しむ、予定だった。一応、ディナーには行ったが、少しも楽しくなかった。葵は仏頂面で、うきうきした気分はどこかへ行ってしまった。結婚してひと月ちょっとなのに。たまたま機嫌が悪いのか、いや、そうではない。

 食事が終わると、葵は実家に行ってしまった。ひとり娘を甘やかす両親のもとで、クリスマスをやり直すのだろう。


 今では週末別居が当たり前になっている。平日も義人は帰宅が遅い、というより、帰宅拒否症がどんどん酷くなっている。「赤と黒」に顔を出したのも現実逃避だったのか。

 この週末。礼はどうしているんだろう。

 泣き顔と笑顔が、次々に浮かぶ。

 失恋したからと泣いたことがあっただろうか。

 義人は自問自答する。

 いや、なかった。悲しくはなったが、泣くほどのことはない。

 クリスマス。礼はどう過ごすのか。

 新しい彼女と、楽しく二人で。

 きっとそうだ、と、義人はため息をついた。

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