第2話 何故かお泊り

 本当にいいのかな?

 小山田おやまだ礼というイケメンと並んで歩きながら、義人は思い惑う。

 今日子ママのとりなしで隣席の青年と意気投合、盛り上がって結局、彼の部屋に泊めてもらうことに。

 調子にのりすぎた、とちょっぴり反省する。だが、もう十時に近い。今更、二時間ちょっとかけて帰る気にはならなかった。

 コンビニで靴下や下着を買い込む。お泊り会に行くようで子供の頃のワクワク感がよみかえってくる。

 礼のマンションは裏通りにあり、とても静かだった。新しくはないが、1DKの落ち着ける部屋だ。妻がいながら冷え冷えとした自宅マンションとは全く違う。

 風呂を勧められ、湯船に漬かると、疲れが吹き飛んだ。

 ふんわりしたバスタオルで体を拭き、新しい下着を身に付ける。脱ぎ捨てた下着は袋に入れて加護にいれたのが見当たらない。

「あの、俺のパンツとかは?」

 居室に戻ると礼は涼しい顔で答えた。

「洗いました」

「は?」

 指さすベランダには、義人のトランクス等が干されている。

 なんで、そんなことを。

 義人は戸惑った。入浴中に洗ったのだろうが、意図がわからない。

「手洗いしてタオルドライ。明日の朝には乾くと思います」

 いや、そういう意味ではなく。

 礼の白い指が自分の下着を洗ったのかと思うと妙な気持ちになるのだ。

 ダイニングのソファはベッドになっていて、清潔そうな白いシーツが敷かれている。薄めの羽根布団の上にはロングのTシャツ。

「パジャマ、それでいいですか?」

「十分だよ。なんか、ホテルみだいだ」

「先に寝ててくださいね」

 礼がバスルームに消える。上がってくるのを待ちながら、義人はあれこれ思いを巡らせる。


 ソファベッドの寝心地は快適とまはいえないが、自宅のわびしい一人寝よりはずっといい。隣の部屋に人がいてくれる。

 結婚前、葵と家具を選びに行き、義人は、ダブルベッドにしようか、と提案してみたが、

「シングルでいいよ」

 あっさり却下された。

 最初はLDの隣の部屋にベッドをふたつ並べていたが、ある夜、帰宅すると、玄関脇の部屋に、義人のベッドが運び込まれていた。ベッドの上にはシーツやパジャマなどが載っている。今夜からここで寝ろ、ベッドメイキングも自分でやれ、という意味だ。

 外廊下に面した部屋で、防犯のため窓に鉄格子がはめられている。まるで刑務所だな、と義人は思った。

 洗濯してくれるだけマシなのだろうか。洗うのは洗濯機で、葵は取り出して干すだけ。衣類も最初はたたんでくれたが、いつしかベッドに積み上げるようになった。掃除はロボット掃除機にお任せ、ご飯は炊いてくれるが、無洗米に規定量の水を入れてタイマーをかけるのみ。

 それで主婦が務まるなら、俺にだってできる、と義人はふてくされた。専業主婦だから、その気になれば色々できるはずだが、要は俺は愛されていないのだ。認めたくはないが、それが現実だろう。



 コーヒーのいい香りが鼻孔をくすぐる。

 夢かな。葵がいれるコーヒーの匂いで目覚めるのが夢だった。未だに叶っていない夢が現実に?

 違う!

 義人は枕元のスマホを見て、飛び上がりそうになった。

 六時半。家を出る時間だ。

 やば、遅刻!

 跳ね起きると、

「おはようございます」

 礼の、さわやかな声が聞こえた。

「お、おはよう」

 義人はようやく思い出す。そう、昨夜、初対面の青年の部屋に泊めてもらったことを。

「俺、もう出ないと」

 会社は遠いのだ。が、礼はくすっと笑って、

「会社はK駅でしょ。三十分で着きますよ」

 そうだ。ここは今日子ママの店の傍。ド田舎から二時間かけて勤する必要はない。

 なんと、一時間半はゆっくりできる計算になる。

 すげー、と、義人は嬉しくなった。いつもはきっ腹を抱えて家を飛び出し、乗換駅のホームでビンの牛乳を飲むのが精いっぱい。

 Tシャツのまま、さわやかな朝日の中、礼と楽しく話した。外では小鳥が鳴いている。

 こんがり焼けたトーストにベーコンエッグ、サラダにヨーグルト。

 マジ、ホテルみたい。

 結婚生活では味わったことのない満足感。

 目の前にいるのfが妻ではなくイケメンであることが不思議だが、これだけの美形だと、目の保養になる。

 話も合うし、性格もいい。

 礼は二十六歳だというから六つ年下だ。少し年の離れた友人として、今後もつきあっていけたら、と義人は思った。

 




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