ただの書きなぐり

教祖

書き出しの羅列

 少年は道端に蝶を見た。この季節にはよく目にする、何の変哲もない蝶だ。

 他のそれと違った点があるとすれば、留まっていたのが蜘蛛の巣であったということか。

 巣の主は留守のようで、藻掻く蝶が巣をわずかに揺らしている。

 自然と体は動いていた。少年は力加減を誤らぬよう細心の注意を払いながら、蝶の羽の根本を掴み巣から剥がした。

 意外にも抵抗なく巣から離れた蝶はその後も一時足をばたつかせていたが、纏わる感触が消えたことに安堵したのか、おとなしくなった。

 少年は静かに笑った。

 「なんだ、僕でもできるじゃないか」

 乾いた唇からそんな言葉を漏らすと。頭に冷たいものを感じた。

 空を見るまでもなく、少年は雨を悟る。

 この場でこの手を放してしまえばこの蝶は羽を濡らし、地に落ちてしまう。

 あたりは開けていて、田畑が広がるばかり。

 唯一の雨風をしのげる場所は、つい先ほど危機を脱した蜘蛛の住処。

 どこにも安住の地はない。

 ――――またなのか。

 思わず両手に力が入る。刹那の時ではあったが、二指に託された小さな命を殺めるにはあまりに十分だった。

 我に返り、触覚さえも動かなくなった蝶に不思議と驚きはなかった。

 蝶の亡骸を片手に少年は空を見た。

 曇天に朧に浮かんでいた三日月もたった今、澱んだ雲に飲まれてしまった。

 少年は全てを悟ってしまった。この世界に救いなど無いと。

 両手を脱力させれば、蝶だったものは水音を立てることも無く、地に落ち汚泥にまみれる。

 再び少年は歩き始めた。行先などありはしないのに。

 もう雨は止んでいるのに。

 手を触れなければ蝶は空へ羽ばたいて行けたのに――――。


 道化師は常に笑う――――己の不幸をかき消すように

 道化師は常に道化を演じる――――己の境遇に憐れみを向ける者が現れぬように

 道化師は稀に泣く――――己の不幸を嘆くように

 道化師は稀に本音を漏らす――――虚空に吐き出されたか細くも深い祈りにも似た嘆願の声。

 届かぬことを知りながら、口端から漏れ出た小さな嘆きは虚空に消える。

 それでいい。

 道化の嘆きほど滑稽で救いのない言葉はない。

 笑えない冗談だ。道化師の言葉は常に受け手にとって笑える物でなくてはならない。

 道化師は夜空の星に満面の笑みを浮かべ、踵を返す。

 いつものことだ。

 乾いた風がまくり上げたサーカステントの薄布を揺らす。

 乾いた秋の空。対比するように道化師の去った後には、小さなシミが点々と続いている。

 童話の世界にあるような足跡を残すための術では決してない、不可抗力の悲しき傷跡は、舞台袖に近づくほどに薄く小さくなっていき、やがて消えた。

 道化師は嗤う。世界を――客を――己自身を――。

 今までの軌跡と決まりきった先の未来を。


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ただの書きなぐり 教祖 @kyouso505

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