プロローグ 4

「…………」

「…………」

 しばらく無言が続く。学校の裏手にある旧校舎は車の音もせず、静かになった部屋には花園がカチャカチャとピッキングする音と、風に揺れる木々の音だけが響く。

「…………」

 しばらくその音が続くと、突如花園の手が止まる。思考を回しているというより、明らかに作業を止めた雰囲気に、橡と雪平は顔を見合わせて疑問を抱く。

 首を傾げながら雪平が花園に問いかける。

「花園? どした?」

「あの……」

 静かに言いながら花園が振り返る。振り返った花園は、少し申し訳なさそうな顔をしていた。

「どうした?」

 振り返った花園に、橡が再び問いかける。

「そ、そんなじっと見られてると集中出来ない……やっぱ喋ってて」

 頬を少し赤くして、恥ずかしそうに、申し訳なさそうにそう言った。

「恥ずかしいって……何が?」

 何を言っているのか全く理解できない橡が首を傾げながら問いかける。

「じ、じっと見られてると集中出来ないの! あんまりそういうの得意じゃないし……」

「? 別に恥ずかしいことしてるわけじゃ――――」

 理解しようと橡は花園に問いかけようとするが、花園が何を言いたいのか察した雪平が割って入り、話題を切り替える。

「じゃあ花園、なんか手伝うことあるか? 俺達もすることないし、手伝えることあるなら協力した方が効率良いこともあるだろ」

 察しの良い雪平の言葉に安堵し、花園は何かないかと考える。

「う~ん……私も結局覚えてるやり方でしかないからうまく出来てるのかもよくわかんないだよねぇ。暗くてよく見えないし」

 満月の光で薄く部屋の中が照らされて見えるが、細かい作業をするには中々難しい。

「じゃあライトつけようか」

 雪平がスマホを取り出し花園の隣に行くと、ライトを点けて鍵穴を照らし、花園は作業を再開する。

「…………」

 流れを遮られ、二人で作業を始められてしまい、なんとなく取り残されてしまった橡は、1人になりやることがなくなる。自分も何かやる事ないかと腕を組んで考え始める。

 一方で、中々作業の進まない花園は雪平と二人で意見を出し合いながら作業を進める。

「う〜ん…こんな感じなんだけどなぁ…」

 手を動かしながら、独り言の様に花園はいう。それに雪平は答える。

「もっと力入れる必要あるのか?」

「ん〜でもここをこうして……上を探して……」

「中見えないとわかんないな…構造はわかるのか?」

「文字でしか見た事ないからそこまでは……鍵の形的に出来るとは思うけど……」

「出来ない構造もあるんだ」

「正直、文字情報から推測してる形だから、確証はないんだけど」

「それでも推測出来るだけ凄いって」

「でも……やっぱり小説で見ただけじゃ限界がある気がするなぁ……」

 難しそうに頭を悩ませながら作業を続ける。

 数分間そんな調子で作業を進めていると、

「動画あったぞ」

 と、橡はスマホでピッキング方法を解説している動画を見つけた。

 花園と雪平は振り返り、クヌギは二人に画面を見せる。

「そっか。探せばなんでもあるもんね」

「これでさらに脱出に近づくな!」

 テンションが上がりながら、解説動画を一通り見る3人。

 何度も繰り返し確認し、鍵の形状はやはりピッキング出来そうだと判断する。

 動画を参考に、コツを意識して再び花園が挑戦する。



 しかし、先ほどよりは手ごたえはある物の、やはり開錠するまでには至らなかった。

 他の解説動画がないか探したり、意見を出し合い、ピッキングを始めてから30分以上が過ぎていた。

「はぁ〜……疲れた〜…」

 集中力が切れた花園は扉の前を離れ、壁を背につけ、足を投げ出し地面に手をついてペタンと座る。薄暗く、ライトの灯り一つといった最悪の環境で精密な作業をしてかなり疲弊していた。

「いや〜中々難しいな」

 雪平が腕を組んで鍵をジーっと見ながら独り言を言う。

「選手交代だな」

 雪平の隣にいた橡が前に出る。花園から受け取った道具でピッキングを始める。

「橡って指先器用だった?」

 作業を始めようとする橡をライトで照らして聞く雪平。

「……不器用とは思ってないぐらい」

「期待できないなぁ……」

 自信のない橡の言葉に、あからさまな溜息を着きながら言い放つ雪平。

「ならお前は得意なのか?」

 雪平の言葉に、顔を歪めることも無く鍵に向き合い、集中した様子で言葉だけを橡は返した。

「得意に見えるか? 運動なら得意だけどな!」

 なぜか自信満々に言い切る雪平に、橡は冷たく返す。

「なら黙ってライト照らしてろ」

「はいはい」

 言われた通り静かに鍵を照らし始める雪平。

 静寂の中、外からは相変わらず木々の揺れる音、カチャカチャとピッキングの音だけが響く。橡が作業を始めてから10分程経った頃だろうか。

「……ねぇ、開きそう?」

 座ったまま、窓の外の満月を呆然と見て疲れ果てた様子だった花園が口を開く。

「いや……まだ開かない」

 視線も変えず、手も止めずに集中を切らすことなく橡が答える。

「そっか……」

 目線を下げ、もぞもぞと座る体勢を変える花園。

「お? 花園さん、怖くなってきた?」

 その様子を見て、面白い事を発見したように少し花園の顔を覗き込むように、雪平が問いかける。

「……うるさいなぁ」

 上目遣いで少し恥ずかしそうにほほを染め、雪平を軽く睨む花園。否定できない様子から、雪平は図星であると認識する。

「強がらなくても良いんだぜ? いつ開くかわからない扉で不安になって恐怖心が出てきたんだろ?」

 先ほどまで怖がる様子も無かった花園に、雪平はとても楽し気に怖がるようなことを言う。

「……な、何でもいいから早くしてよ……」

 花園は、余裕がなさそうな様子で少し恥ずかしそうに顔を背け答えた。

「だってさ橡。お嬢様からのご命令だ」

 橡の方を向き直り、意気揚々とした表情で雪平は言った。

「わけわからんこと言ってないでちゃんと照らしてくれ」

「はいよ」

 変わらず冷静に言い捨てる橡に、少し面白くなさそうに答え、しっかりとライトをあてる。

 再び淡々と喋ることも無く作業を始める。何度も動画を見たりして、なんとなくコツを掴み始める橡。橡は作業を初めて1時間は経っただろうか。空に登っている満月は、もうすぐ天辺に登りそうになっていた。

 コツを掴んだとはいえ、開くのか開かないのか、その手ごたえはまだ橡にはわからなかった。

「ふぁ~……。なぁ……まだ? 飽きてきたんだけど」

 退屈そうな欠伸をし、雪平は橡に問いかける。

「ん~……もう少しな気がするんだが……」

 長いこと集中力が続く橡は、眠そうな雪平に触れず、手ごたえがある事を伝える。

「ホントかぁ? 見てる俺には全然わかんねぇ」

 ただライトを照らすだけの雪平には、何がなんだか分からないのは当然である。

「初めてやるんだからわかるわけないだろ。そんな気がするだけだ。大人しく待ってろよ」

「って言われても、ずっと照らしてるだけで暇なんだよ。花園も暇だろ~?」

 そういいながら花園の方を向く雪平。すると、先程まで座っていた花園は突如その場に横に倒れ、苦しそうに自分の肩を抱きながらぎゅっと蹲っていた。

「花園!? どうした!?」

 雪平は花園の明らかな様子の違いに、携帯を捨て花園に駆け寄る。作業に集中してた橡も雪平の焦った言葉に思わず手を止め花園の方を見る。

 雪平は花園に手を伸ばすが、花園は力んだままの力で雪平の手を強く弾く。

「触らないで!」

 力が入った声で花園は雪平の手を強く拒んだ。

「……ど、どうしたんだよ! 具合悪いのか!? な、なんか……取り憑かれたのか!?」

 手を弾かれ、一瞬思考が止まるもすぐに立て直し、弾かれた手をオドオドさせながら問いかける。

「大丈夫だから……早く開けて……お願い……うぅ……」

 蹲り、何かに耐える様に足をもぞもぞと動かし、苦しそうに悶える。

「バカ! 大丈夫に見えるかよ!」

「病気とか取り憑かれたとかじゃないから……お願い……早く!」

「っ……橡! まだか!?」

 雪平はどうしようもないと察すると、手をぐっと握りしめ、急いで橡の元に戻りスマホを拾い上げライトを照らす。

「わかってるよ! 待ってろ!」

 唐突にやってきた緊迫した状況。橡も雪平同様焦りの表情に変わっていた。

「頑張れ花園! もうすぐ開くからな!」

 ライトを照らしながら、声で花園を励ます雪平。

 橡は焦ってはいるものの、冷静に目の前のことに集中する。心配の声を掛けたいが、何よりもこのピッキング作業を進める事が彼女にとっての救いだと言う事を理解していた。

 かわりに、雪平が花園の気分が紛れるかもしれないと花園に声を掛ける。

「え~っと……こういう時は楽しい話で気分を紛らわそう! え~っと……好きな飲み物は!?」

「今それ聞く!?」

 ものすごく初歩的でどうでもいい質問に、普段聞かない余裕のない声が花園から聞こえる。

「そ、そうだな…! じゃ、じゃあ、将来の夢は?」

「……ふ、フラワー装飾技能士……」

「……な、なにそれ?」

「フラワーアレンジメントとかする人…詳しくはまだ知らない!」

 グッと身を丸めて自分を強く抱きしめて何かに耐える様に絞り出すように答える。

「夢なのに詳しくないのか?」

「最近読んだ漫画で……フラワーアレンジメントがかわいいなぁって思ったの!」

「な、なるほどな! えと……え〜、他になんか話題〜……なんかないか〜?」

 焦って頭が色々な話題を探る事に必死で頭が回らない雪平。

 考えても考えも、焦る思考はまったく話題を生み出せない。

 花園も同様で、これ以上ないぐらい身を屈め、頭からつま先まで全身に力が入った様子で、言った。

「っ……もう……喋ってる……余裕ない……もう……ダメっ……!」

 限界、といった言葉の詰まり方と涙目になっている花園に、本当に焦った様子でオドオドとすることしかできない雪平。

 どうしようもないのか……雪平も花園もそう悟りかけた時だった。

 カチャッと、鍵の音が聞こえる。

「! 開いたぞ!!」

 橡はそういうと、扉のドアノブを回して扉を開く。

「よっしゃあああああ!! ナイス橡!」

 雪平は思わず大声で歓声を上げる。扉の前にいた橡と雪平は思わずハイタッチをしていた。そんな二人の事などまるでいないかのように、花園は普段見たことも無い勢いで立ち上がり、扉のほうに走り、普段からは想像出来ない力で扉の前に立つ2人を押し退けた。

 橡は開けた扉に背中からぶつかり、雪平は前に飛ばされて廊下に正面からぶつかる。その様子を気に止めることなく、花園は来た道を駆け抜けていった。

「…………」

「…………」

 体制を立て直した二人は、普段大人しい花園からは考えられない勢いに、呆然と立ち尽くしたまま、走り去った花園の方を見ながら固まっていた。しかしすぐ我に帰り慌てる雪平。

「お、俺は花園を追う! お前は!?」

 慌てる雪平に対し、冷静な様子で橡は雪平に伝える。

「花園はお前に任せた。ここまで苦労したんだし、俺は屋上の様子見てから帰るよ」

「わかった! また連絡する!」

 雪平は既に走り出しながら橡に伝えると、花園の後を追って走って行った。

 1人残された橡。花園の事が少しは心配ではあったが、病気ではないとの発言、雪平との会話、さっきの走り去る姿を見て、大丈夫であろうと察した。

 雪平も付いているし、ここまで来て屋上まで行かないのも勿体ないと思ったのだった。

 橡は身体を翻し、2人が去った反対方向に歩き出す。

 静かになり、歩きながら改めて窓の外を見てみる。

 天高く昇る満月。街灯や街の灯りが少ないこの場所で、その光は眩しくも感じるほど橡を照らしていた。乱雑に置かれた机を避け、屋上に出る階段を上っていく。

 特に恐怖心はない。寧ろ彼は、屋上の幽霊という存在には同情していた。

 自殺した要因それはきっと……いや、間違いなく虐めが原因だろうと確信していた。

 そうでなければ自殺する理由がない。生きるのが辛い。だから自ら命を絶つ。昔も今も、こんなに豊かになった世界でも、変わらない人間の不甲斐ない一面に虚しさを覚えていた。

 悲惨な人生を送り、死してなお遊びに利用される。それが妙に許せなかった。

 ……何故? 橡は疑問に思った。何故、こんなにも許せないのだろうか。

 虐めは悲しくも、世界のありとあらゆる何処でも発生している。自分が認識出来ない虐めに、橡は干渉することは出来ない。正義感の強い橡は、助けてやりたい。そう思うが、ニュースで聞くだけの虐め事件にはどうすることもできない。

 この幽霊事件も、自分の通う学校ではあるが、根本は変わらない。死んだ女性を助けることなど出来ないし、その事件の噂を消すことなど不可能だ。

 それでも、何故これほどまで、屋上の幽霊の話を軽々しくする人達が気に入らないのだろう。そんな疑問が、橡の頭の中をぐるぐると回っていた。

 屋上の扉の前にやってくると、一瞬ドアの前で立ち止まる。橡は頭を整理し、供養する気持ちで、軽く手を合わせる。そしてノブに手を掛け、扉を開いた。鍵はいつからかけられていないのか、簡単に開いた。空気の流れが出来たのか冷たい風が入ってくる。

 一歩外に出ると、やはり月明かりが眩く輝き、屋上はまるで大きなスポットライトで照らされた舞台のように明るかった。

 屋上の周囲は、飛び降り自殺があった影響なのか、橡の背の倍はありそうなほどの金網フェンスで囲まれている。

 当然屋上には彼の影以外はなく、風もやんだのか、屋上は静寂に包まれていた。

 何もない屋上の片隅、扉から真っ直ぐ進んだ反対側のフェンスの足元に、何かがあるのが見えた。

 橡は歩いて近づいていくと、それが小さな小さなお地蔵様である事が分かった。手作り感のある石で出来た地蔵は、小さな蔵に収まり、優し気に笑いかけていた。

 彼女の死を供養するために誰かが置いたのだろうか。学校が形だけの供養をしたのか、理由は定かではない。どちらにしても、供養されていることに、橡は少し安心していた。目線をフェンスの外にやると、少し丘の高い所にある学校からは、街並みの夜景が綺麗に見えた。決して都会ではないが、街の灯りはそれなりに煌びやかで、学校の屋上から見るその景色はなぜか特別不思議な景色に見える。この景色を見ながら飛び降りたのだろうか。そんなことを思いながら橡は再び目線を降ろし地蔵を見る。

 幽霊の噂は所詮噂でしかない。面白がってそんな話をするのは、やはり亡くなった彼女に失礼、そう思った。

 橡は地蔵の前にしゃがみ込み、世間の噂をお詫びする気持ちを込め、目を閉じて地蔵に手を合わせた。

「同じ時を生きてたら……助けられたのかな」

 なんて、荒唐無稽なたらればを不意に口にした。……その時だった。

 橡の耳に、キーンという耳鳴りのような高い音が聞こえる。

「うっ!」

 クヌギは思わず耳を押さえ、片膝を地面につける。

 謎の高音に耐えていると、頭に何かが流れてくる。一瞬一瞬情景が写真の様に現われては次の場面へと瞬時に切り替わり、はっきりと何を見たのかは橡には理解出来なかった。

 大量の情報が頭の中をめぐる時間は一瞬で、橡は高音が治るとハッと目を見開く。

「な……何が起きたんだ?」

 全身冷や汗をかきながらそう思っていると、今度は外とは思えない、妙な生暖かさを感じる強い突風が、地蔵から…正確には地蔵の向こうのフェンスの外から吹いてきた。その風は校庭の桜の花びらを運んできて、まるで意思があるかのように橡を突き抜けていく。

 突風に目を閉じて手で風を防ぐ橡。突風は数秒でやみ、橡は目を開けると、唐突な現象に唖然としていた。

 今の風は? さっきの頭に浮かんだものは? 疑問はいくつかあった。

 しかし…その疑問を、一瞬で忘れさせる何かを、橡は感じた。

 明確に表現出来ない。わかりやすく例えるなら、それは背後から感じる悪寒とでも言おうか。

 身体全身に鳥肌が立ち、血の気が引いていくのを明確に感じる。

 見るまでもなく橡はわかった。今まで生きていて感じたことのなくても分かる、はっきりとした殺意。

 橡はゆっくりと立ち上がる。心臓はバクバクと脈打っていた。

 振り向く必要があるのは確実。しかし、恐怖心が身体を硬直させる。

 見てはいけない、けど見なければいけない。そうしなければ、無惨に後ろからやられるだけだ。そう意思を強く持ち、恐怖心に耐えながら、橡は恐る恐るゆっくり振り返る。

 そこには……先ほどまで誰もいなかったはずの屋上の中央に、一人の女子生徒の姿があった。

 屋上には舞い上がってきた桜の花びらが散らばっていて、女子生徒は旧制服を着て、腰程まである長い黒髪を顔の前に垂らし顔は見えない。それを幽霊であると認識するには十分な姿をしていた。

 不気味に脱力した体制で呆然と立ち尽くす幽霊。微動だにしないその存在に、橡の足は動こうとしない。逃げなければと本能が判断するが、扉は幽霊の背後。どうしたら逃げられるのかなど、思いつくはずもなかった。

 幽霊と一定の距離を保ったまま対峙し、硬直状態が続く。幽霊はなぜかまったく動く気配は無く襲ってこない。まるでこちらの出方を伺っているかのようだった。

 橡はほんの少しだけ冷静になり、しかしやはり混乱した状態で、橡は幽霊と言葉を交わそうと試みることに。

「……なぁ――――」

 橡が言葉を発した瞬間だった。一定まで幽霊と距離があったはずだが、移動した動きは全く見せず、幽霊が突如橡の目の前に現われる。

 橡は全身の毛穴が開いたように力が入り、顔が引き攣る。

 目の前に現れた幽霊の乱れた髪の隙間からは、ほんの少しだけ口元が見え、不気味にニヤリと笑っていた。橡は全身に感じたことも無い恐怖心に包み込まれ、頭はパニック状態に。

 幽霊は橡に動く間も与えることなく、橡の首をか細い手で鷲掴んだ。

「ぐっ……がぁっ!」

 そのか細い腕からは想像も出来ない力で、橡の首を閉める。

 咄嗟の抵抗で橡は幽霊の腕を掴み引きはがそうと手を伸ばすが、橡の腕は幽霊の手をすり抜ける。何度掴もうとしても力は一方的で、橡の意思で幽霊に触れることは出来ない。

「あっ……がぁ……ぁぁあぁ……」

 橡は自分で発してるのかも分からない、聞いたことも無いひりだした声をあげて必死にもがいて抵抗する。しかしどう足掻いても、固定された様に幽霊の腕はうごかない。

 死……橡は感じていた。このままでは確実に死ぬと。

 もはや橡に思考はない。どうにか出来ないかと、薄れゆく意識の中、橡の身体は生きようと最後の抵抗をしようとする。橡は確証など何処にもない状態で、左胸ポケットにあるペンに手を伸ばした。朦朧とした意識で、道具を使って最後の抵抗として攻撃をしようとしたのだ。

「ああああああああぁぁあああああああぁ!!」

 もう目の前すらまともに見えない。何を掴んだのかは分からなかったが、掴んだ感触を感じると、それを手にしたまま無我夢中、精一杯の力を込めて腕を掲げ、目の前に振り下ろした。


 …………橡の意識はそこで途切れたのだった。

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