第一章 麗らかな翻弄

第1話 はじめまして 1

 朝日の眩しさに意識を取り戻す。

 普段の眠りから起きるのとは違い、自分が何をしていたのか、何があったのか理解できない状態だった。気がつけたのは、自分が今意識を取り戻したことだけ。

 身体全身に力がなく、いれることもままならない。唯一出来たのは、ゆっくりと瞬きを繰り返し、目を開くこと。目を開くと天井は快晴で、晴れ晴れとしていた。

 ここはどこだろう。そんなことを考える。いつものベットでは当然なく、屋外にいる理由が分からない。

 身体を動かそうとするが、衰弱したように重く、ゆっくりと腕を動かすことしか出来ない。

 頭が働かない。思考が回らず、何が起きているのかもよく分からない。

 ただ、橡が思ったのは1つだけ。

「……眩しい」

 掠れた声で呟く様に言った。言葉を発した瞬間、自分の声の掠れ具合に驚く。

 喉が乾燥しているのか? それにしても尋常じゃない声の潰れ具合。

 そういえば首が痛い。喉のかすれ具合に疑問を抱くと、喉を含めて首全体が痛い事に気がつく。

 何故こんなに喉が痛いのか。 自分の喉に手を伸ばし、軽く触れると痛むのを感じる。何があったのか。それを思い出そうとする。

 昨日何をしていた? 新学期……夜の学校……そういえば旧校舎に閉じ込められたっけ。

 ……どうして閉じ込められたんだ? 何かをしに来ていたような気がする。

 ……噂話。そこまで思い出した所で、優しくも強い風が吹き、木々が音を立てて揺れる音が聞こえる。

 それと同時に、真っ青な空に、桜の花びらが風に流れてやって来る。

 その景色を昨日も見たような気がする。……そう思った瞬間だった。ノイズが乗った様に、昨日の夜の事がフラッシュバックする。最後に見た幽霊の顔が頭に流れた。目の前に広がる、不気味に笑う幽霊の表情。

 その時の苦しさを思い出すと、身体が覚醒したように力が戻り、身体を勢いよく起き上がらせる。そこはやはり屋上で、思い出すだけで背筋が凍りそうな幽霊の姿はなく、遠くには屋上の扉と、辺りには桜の花びらが散っていただけだった。一瞬安堵をする橡。しかし、無性に背後が気になる感覚に囚われる。橡はばっと背後、フェンス側に置いてある地蔵様を見た。

「うをおおおぉおぉぉ!?」

 すると、橡は先ほどまで力が入らなかったのがウソのように、驚きによって立ち上がりもせず、背後に手を着いて4足歩行で後ずさる。

 いた。そこにはいたのだ。人の姿が。真っすぐ、じっと橡を見つめる女子の姿が。旧制服を来た、腰程まで伸びた真っ白な髪を携えた女性が立っていたのだ。

 身長は橡よりも少し低いぐらいで、同い年ぐらいの背格好。

 橡は距離をとって後ずさった姿で固まったままの姿勢でその女の子をじっくり見てみる。心臓は昨日の恐怖の続きでドキドキしていた。

 しかし、女の子の目はぱっちりと大きく開き、表情ははっきりとしていて、その女の子からはおおよそ殺気と呼べる物は欠片も感じなかった。

 橡はその柔らかい表情を見て頭が混乱する。

 特徴は昨日の幽霊にそっくりだった。髪色は白くなっていたが長さはそっくりで、表情は違うが顔の特徴はよく見えてはいなかったが同じだろう。身長もおおよそ。旧制服を来ているのは間違いなくその特徴を捉えている。

 しかし殺気はなく、恨みなんて知らなそうな無垢で純粋な子供のような目線を橡に向けるその瞳に、昨日の幽霊ではない? と、どちらとも取れる特徴に判断が付かなかった。

「…………!」

 混乱して数秒。フル回転で回る橡の頭は一つの解を導く。

「さては悪戯か!? 夜中に人が来るのをまって、幽霊のフリして人を呪い殺そうとして、眠らせて、起きたら実はドッキリでしたとか、そういうことか!?」

 色々と、本人も矛盾が発生すると思いながら、唯一でた答えを述べる。

「…………」

 しかし、女の子は橡の問いに反応はなく、変わらずにその場に佇んでいた。

「む、無視……」

 なんの反応もなく戸惑う橡。そこで、まともではない橡の脳は再び間違った思考をする。

「あ、なるほど。まだ続いてるんだな! それなら……俺は降ろさせてもらおうぞ。こんな馬鹿げた悪戯に乗ってやるほどお人よしじゃないんでな」

 そういって立ち上がり、佇む女性にきっぱりと言い切る。

「つか……どっきりにしてもやり過ぎだ。人の首を気を失うほど締めるか? 下手したら死ぬ寸前だぞ。大体、女子の手で首をしめた所で……振りほどけない訳が――」

 言っている途中で気が付く橡。そう、振りほどけない訳がない。首を掴むその手はとても華奢で、普通の女子の力では、橡の力を押し返すことなどできるはずがない。

 そもそも、首を締める手を掴もうとしたが、すり抜けた事を思い出す。

「……い、いや! そんなわけない! 何か俺に分からないマジックを仕掛けたんだ! そうに違い……ない……」

 自分で言っていて自信がなくなる。頭も冷静になり、これがどっきりではないというのは最初から分かっていて、段々と昨日の出来事が事実であることを受け入れ始める。

「だとしたら……お前は誰なんだ……? 昨日の幽霊……なのか?」

 恐怖心はやはりなく、普通に話しかける様に橡は聞いていた。

 油断させているだけなのかもしれない。隙をついて何かをするつもりなのかもしれない。

 でも、殺すつもりだったのなら、あの時とっくに殺していたはず。橡はされるがままだったのだから。

 橡の問い掛けに、女の子はやはり答えない。変わりに少しだけ首を傾げた。唯一のその反応に、橡は自分の言葉が聞こえている事だけはわかった。

 首を傾げた女の子を橡はどうしたらいいのかとじ~っと見ていると、あることに気が付く。

「…………あれ? 髪留め……」

 女の子の真っ白な白銀の髪に、橡が胸ポケットに入れていたお守りの髪留めがあることに気が付いた。

 胸ポケットを見て触ると髪留めはなくなっていて、そういえば、最後抵抗するときに必死になって何かを掴んだのを思い出す。どうやらそれが髪留めだったようだ。

「か、返してくれ! それは君にあげた訳じゃない!」

 親から貰った物であり、母の言葉を思い出す。『お守りになるから、大切に持っててね』

 髪留めが何故お守りなのかと疑問はある。しかし、大切にしろと言われたものを取られてしまえば焦りが出るというもの。

 橡は相手が幽霊である可能性など忘れ、躊躇なく女の子に近づき、髪留めを取り返そうと髪留めに手を伸ばす。

 すると、女の子は何をされるのか察したのか、おびえた様子で身を引くと、髪留めを両手で隠す。

 そしてイヤイヤと嫌そうな顔で橡を軽く睨みつけた。

 嫌がる素振りを見て、橡は手を出せなくなる。

「ひ、人の物盗んでその反応はずるい……」

 そういってみても、これは自分のものだ、と主張するかのように、じっと敵をみるような目で橡を睨む。その睨み方も怖さはなく、子供が自分の大事なものを捕られないように必死になるような目だった。

「…………はぁ」

 橡はまるで子供を相手にしているような感覚になり、恐怖心はどこえやら、全身が脱力する。

 そこで、ようやく橡の頭は冷静になる。

「わかったよ……とりあえずその髪留めは預けるよ……けど、そのうち返してもらうからな」

 両手を広げお手上げだと身振りをすると、女の子も安堵したのか、睨むのをやめる。

 そして、橡の顔を再び無垢な瞳でじーっと見つめる。橡も落ち着いた状態で女の子の顔をようやく見る。

「……な、なんでそんな見つめてるんだ?」

 橡はあまりにも真っすぐな視線に少し照れて目をそらす。

 よくよく見てみれば、つぶらな瞳に、顔は小さく、華奢な体つきで肌は驚くほど白く、年はおそらく自分とそう対して変わらない。一言で言えば、可愛いことに気が付いた。

 その一方で、無防備な子供のような純粋な表情で見られていることが、何か本心を見透かされているような気がしてならなかった。橡はなんだか急にこの場にいるのが恥ずかしくなり、早々にこの場から去ることを決める。

「……と、とにかく! 俺は帰るから。じゃあな」

 橡は軽く手を上げて挨拶をすると踵を返し、屋上の出入口に向かう。

 背後が気にはなったが、あえて振り向かずに橡は旧校舎を後にした。

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