プロローグ 3

「窓の外に乗れそうな足場はないな……」

 資料室にある2つの窓から顔を覗かせ、外の様子を伺う橡。

 閉じ込められた部屋からどうにか脱出出来ないかと部屋の様子を調べる3人。

「流石に3階から飛び降りるのは無理だな……」

 橡の隣で窓から顔を出し、下をじっと見てた雪平がいう。

「う~ん……どこにも予備のカギは置いてなさそうだね~……」

 花園は携帯のライトを頼りに棚を探すが、何も見つからなかった。

「どうする? 助けを呼ぶか?」

 携帯を取り出し電波を確認すると、電波は入っているので人を呼ぶのは難しくはなさそうだった。

「いや……こんなとこ学校側に見つかったら大目玉所じゃないって……なんとかして出る方法考えるぞ!」

 至極嫌そうに雪平が言う。それに関しては二人とも同意なので納得するのは早かった。

「じゃあそれは最終手段として……何か思いつくか?」

 橡のその問いかけに、花園が現状を纏める。

「扉は鍵が必要。資料室という事もあってか扉は壊して破るのは難しぐらい頑丈。窓の外には足場も無くて、渡る場所も特にない。3階だし、飛び降りたら骨折か死は免れない……どうしよっか?」

 どうしようもない状況の纏めを述べた後、雪平の方を向き、言葉を投げる花園。

「万事休すか……」

 考えてもどうしようもない状態に、雪平の口からそんな言葉が漏れた。

 しかし、すぐに首を横にぶんぶんと振り、弱気な思いを振り切る。

「いや! な、何かあるはずだ! 考えるぞ!」

 ぐっと手を握りしめ、希望を見捨てないように意志を持つ。



 ……資料室に閉じ込められ、30分程が過ぎた。

 花園は地面にペタンと座り壁を背もたれにし、雪平はその場を何度も何度も往復し、橡は腕を組んで窓の外の満月を見ていた。

 3人は思いつく限りの案を出してみたが、どれも不可能であり、終いには意見が出なくなり、ただただ無言で考えるだけの状態になっていた。

 床に座っていた花園が、不意に両手で身を抱くようにして、震える声で言う。

「……寒い」

 季節は4月頭。暖かくなったとはいえ、夜が深まるにつれて寒さは増していく。

「まだまだ夜は冷えるもんな……」

 花園のその言葉に答えながら、窓の近くにいた橡は窓を閉める。

 雪平は徐に制服の上着を脱ぎ、花園に渡す。

「ほら。少しはマシになるだろ」

 差し出された制服をキョトンとした様子で受け取る花園。

「……ありがと」

 小さくお礼を言う花園。

「……気にならないなら、これも使っていいぞ」

 そういいながら、橡も脱いだ上着を花園に差し出す。

「俺のマネしたな」

「元々そのつもりだったんだよ」

 二人の優しさに、少し嬉しそうに受け取りお礼をいう花園。

「二人ともありがと」

 受け取った制服を1枚は羽織り、1枚は膝を立てて座り、足を覆う様にして温まる花園。

「……私は暖かいけど、今度は二人が寒くない?」

 二人の様子を見ながら心配する花園。

 しかし二人はなんてことない様子で答える。

「俺たちは身体動かしてりゃいいだろ」

 そういって準備運動を始める雪平。

「考えながら筋トレでもしてるか」

 橡もストレッチをはじめ、各々運動を始めた。

 橡は父親の影響もあり、格闘経験が豊富で、空手の型の動きを始める。

 スポーツが得意な雪平は身体全体を使って筋トレをしたりとそれぞれ特徴ある運動をする。

 花園は一人座り、二人の様子を見ていた。

 その状況で、雪平がしゃべり始める。

「改めて案を整理してみるか。窓枠に乗って、なんとか隣の部屋に飛び移れないか?」

 各々が別々の動作をしながら、改めて状況の整理をすることに。

「隣の窓空いてないだろ? 足場もないし、命がけだぞ」

 雪平が出した案に、動きを止めることなく橡が答える。

「じゃあ扉ぶっ壊す?」

「分厚くて頑丈だからいくら男の子でも無理だと思うよ」

 物騒な提案を花園が軽く否定する。

「う~ん……橡のその馬鹿力でなんとかならないか?」

「誰が馬鹿力だ。……まぁお前よりは力あるが」

 馬鹿という単語に引っかかる橡。しかし、雪平に力量を認められた事には悪い気はしていなかった。しかし、橡の言葉に雪平が逆にイラっとしていた。

「はぁ? そういう意味じゃねぇし。瞬発的な力なら、お前の体術と力のが強いかもって言っただけだし。持久力なら俺のがあるに決まってんだろ」

 筋トレを止め、橡に突っかかる。橡も同様に型を止め、雪平に突っかかる。

「へぇ……じゃあ勝負するか?」

 ニヤリと自信ありげに笑いながら勝負を持ちかける橡。

「いいだろう。どっちが腕立て出来るか勝負だ!」

 むきになった雪平が勝負を仕掛ける。

「望むところだ」

 その勝負に意気揚々と乗る橡。

「花園、カウントしてくれ」

「え? ……まぁ暇だからいいけど」

 唐突な二人の筋力自慢に呆れていた花園は、急に巻き込まれ唖然としたが、暇なので付き合うことになった。





「――――72……73……74……75……」

 花園は二人が腕立てをするたびに数を数える。最初こそ真面目に数えていたが、ある程度まで来ると、退屈そうな数え方をする。

 雪平は既に限界近く腕は震えていた。

「っく……だあああぁ~!」

 限界が来た雪平がぐて~っと手を広げて地面に倒れる。

「雪平くん78回。79……80……81……」

 終わりを迎えた雪平の隣で、橡はそのまま続ける。そしてカウントは花園が100まで言った所で腕立てを終え、まだ余裕があると言った勢いで立ち上がる。

「勝負だからな。これぐらいでいいだろ」

「なっ……なめやがって……。いいよ~だ! スポーツだったらお前に負けないからな!」

「格闘技だったらお前に負けない」

 負け惜しみを言う雪平に、平然と返す橡。

「橡くんの2勝1敗で雪平くんの負けだね」

 カウントを数えていた花園が野次を飛ばす。その野次は、雪平の心にぐさりと刺さる。

「くっ……くそぉ! 親が格闘技やってるのはずるいぞ!」

 床に伸びていた上半身をばっと起き上がらせ、悔しそうに雪平は言った。

「教えて貰ってたのは昔だよ。今はその名残でトレーニングしてるだけだ」

 見下ろす様に座り込んだ雪平にいうと、花園の方から素朴な疑問を投げかけられる。

「橡くん、格闘技やるの?」

「知らなかったっけか?」

 花園の疑問に返しながら橡はその場に座る。

「うん。初めて聞いた」

「親がやってたから、その影響でな。まぁ、正式に稽古してるわけじゃないけど。常に運動だけはしてるよ」

「へぇ~。凄いね」

 素直に褒める花園に、反応に困った橡は誤魔化す様に返す。

「別に凄くないよ。日課みたいなものだから」

 照れているのか、目線をそらしながら答えた。

「いいんじゃねぇの? お前正義感強いし、正しいことに力使えるのはうらやましいよ」

 伸ばしていた足を胡坐をかいて座り直し、雪平は橡の事を認める。元より突っかかってはいるが、橡の事は認めているのだ。

「元々父さんが警官目指してたらしいからな。俺がそれを目指すのも悪くないと思ってる」

 橡も同様に片手を背後について楽な姿勢になる。

「お前、親父さんにそっくりだもんな~」

「そうか? あんまり顔似てるって言われないけど」

「顔じゃなくて性格な。まぁ顔もそうだけど。無機質でぶっきらぼうな感じ。そんなには知らないけど、ホントそっくり」

「……まぁ、母さんと比べるとあんまり喋らないな」

 思い出しながら答える橡。

「あ、この前橡くんのお母さんと商店街で会ったよ。ホント、面白いお母さんだよね。明るくて元気で、いっつも笑ってる」

「綺麗だし、優しいしよな。うらやましいぜ」

 花園のセリフに付け加える様に雪平が言った。

「いや、自分勝手で我儘なだけだぞ……。色々親の都合に付き合わされるし。他人の芝は青いんだよ」

「自分の芝の青さに気づけてないだけだ」

 してやったりな顔をしながら雪平は言った。

「あ、それは言えてるかも」

 旨いことを言い返された橡。思わず花園も納得して少し笑っていた。

 綺麗に返され、何処となく言葉を失ってしまった橡。

「自分の芝が青くみえたらそんな熟語は生まれないだろ…………それにしても、どうやって抜け出すかな~」

 分が悪いくなり、適当な突っ込みを返し、天井を仰いで橡は呟いた。

「あ、分かりやすく話題変えたね」

「わかりやすいやつ~」

 花園と雪平に突っ込まれる。やけに息合ってるな、と思いながら橡はさらに言葉を続けて誤魔化すことに。

「重要なことだろ。随分時間経ったけど、何か思い浮かんだか?」

「私はなにも」

 首を横に振りながら否定する花園。

「俺も別に何も…………ん?」

 花園に付け加える様に雪平は言ったが、何かに気が付いたような反応をする。

 橡と花園は、雪平が扉のほうを見ているのに気が付くと、扉に目線を向ける。

「なぁ橡……今扉の鍵開かなかったか?」

 雪平は扉の方をしきりに見ながら言い出す。

「いや、なんの音もしてないだろ」

 つられて扉を見ても、当然変わった様子はないし、物音がしたとも到底思えない。

「あ、開けてみろよ! 橡!」

 しかし、確信がありそうな物言いでいう雪平の言葉に疑いながらも、扉に一番近かった橡は立ち上がり、ドアノブに手をかけ力を入れる。すると……

「…………あれ?」

 ガチャガチャと音がして扉が開く気配はない。

 雪平の方を向き直ると、お茶らけた表情で見たことのない踊りを踊りながら雪平は言った。

「うっそだよ~! ば〜か! 何もしてないのに鍵が勝手に開くわけねぇだろ! あっはははは!」

 しまいには指をさし、騙された橡を笑っていた。

 雪平は先ほど負けた腹いせに、どう笑ってやろかとずっと考えていたのだった。

「お前なぁ……! こんな時にふざけたこといってんじゃねぇぞ!」

 割と真剣に雪平の胸倉を掴みかかる橡。ただ嘘を着かれただけならそれほど逆行しないが、閉じ込められているという状況も相馬って真剣になっていたことから顔を赤くして照れを誤魔化すように怒っていた。

「雪平くんひっど……」

 花園も同様に、希望を感じる嘘に、流石に引いた声で言った。

「へっへ~騙されるほうが――――」

 雪平の言葉の途中で、胸ぐらを掴んだまま自分の身体を後ろに反らすと、額を雪平の額にぶつける。

「あきょっぷ!」

 頭突きを喰らった雪平からは、おおよそ普段出すことのない音が口から出た。



「……さて、いい加減真面目に脱出方法を考えるか……」

 額を抑えながら涙目で言う雪平。時間は閉じ込められてから1時間近くになろうとしていた。

 3人は感情をリセットし、ちゃんと話し合うことにする。

「窓から出るのは死ぬから無理だろ? そうなると、やっぱり扉か?」

「内側にも鍵刺す所あるが……鍵がないからどうしようもないな。壊せないし」

「そもそもなんで両方とも鍵つきの扉なんだよ。欠陥か?」

 雪平の疑問にクヌギが憶測で答える。

「貴重な物を保管する扉なんじゃないか? 万が一内側に隠れられても外に出れないから持ち出されないとか? ……学校にそんなものが必要なのか知らんが」

「そんなもん用意しとくなよ……」

 扉に不満を漏らす雪平。しかし、そんなことを言っても状況は変わらない。

「……ピッキングする?」

 鍵について橡と雪平が話していると。花園が不意に思いついたように言った。

「ピッキングって、花園ピッキングできるのか?」

 希望的な提案に、希望のまなざしを橡は贈る。

「やったことはないけど……本でやり方なら見たことあるよ」

「まじか! じゃあやってみてくれよ!」

 雪平も嬉しそうに、花園に頼む。

「え、で、でも……」

「試してみる価値はあるな。頼めるか?」

 二人からの羨望の眼差しに、花園は首を縦に振るしかなかった。

「う、うん……」

 頷くと、二人から借りていた上着を返し立ち上がる。

「あ、でも……針金とか硬くて細い物がないと……。多分2本は必要だと思う」

 鞄があれば沢山あるが、3人とも鞄はフェンスの外や家に置いてきていたため、手荷物は何もない。

 何かないかとポケットを探る花園。すると、一本のヘアピンが出てくる。

「あと一本か。どこかに針金ないか?」

 橡がそういうと、雪平と橡もそれぞれポケットを探る。

「いやぁ、さすがに持ってないなぁ」

 雪平も無いと言いながらポケットを探る。

「……あ」

 一方で、橡は胸ポケットの中を探ると、硬めの長い針金タイプのクリップを見つける。

「なんでそんなもん入ってんだよ」

 目を細めて疑問を抱く雪平。

「いや、覚えてないけど……これでいけるか?」

 花園に差し出す。受け取った花園は、確信なく曖昧に答える。

「う~ん……やるだけやってみるね」

 花園は受け取ったクリップを針金のように形を変え、ピッキングを始める。

 時折やり方を思い出してるのか、悩みながら作業を始める。

 鍵穴を覗いたり、手を動かしたり、鍵穴に入れずにシミュレーションしたり、探り探りの様子が伺える。

「…………」

 その様子を後ろから見守る男子二人。

 特に知識のない二人は手伝うこともできず、呆然と一人頑張る花園を見守る。

 沈黙が続き、花園の作業する音だけが響く時間が数十秒か数分ぐらい経った後、不意に雪平が橡の胸ポケットを見ながら、橡に疑問を投げかける。

「……なんでお前胸ポケットにそんなに物入れてんの?」

 1年ほど学校でクヌギと雪平は一緒にいて気にはなっていたが、聞くタイミングがなんとなく無かった質問を不意にした。

 胸ポケットに生徒手帳やメモ帳とペンを入れている生徒は少なくはないだろう。

 橡もその一人ではあるが、橡の胸ポケットには、生徒手帳とペンだけでなく、少し時代を感じる、古めの様々な花が彩られた挟むタイプの女性用の髪留めがポケットに入っていたのだ。

「なんでって、急に必要になった時とか使えて便利だろ」

 橡はさして不思議なことはないといった様子で平然と答える。

「……じゃあなんで髪留め入ってんのさ」

 普通なら入っているはずがないそれに、雪平は聞かざるを得なかった。

「前からあるだろ」

「いや、ずっと気になってたよ? 出会った時から気になってたよ? でも聞くタイミングなかったし、今ふと気になったんだよ」

 橡は話を誤魔化したかったのか、髪留めについて深く雪平が追及すると、橡は軽く髪留めに指で触れて、考えているように数秒沈黙する。そして、小さく呟くように言う。

「ただのお守りだ」

「お守りぃ? 髪留めがぁ?」

 お守り、という言葉に雪平は違和感を感じる。髪留めがお守りなんて雪平は聞いたことがなかったのだ。

「高校入学の時に母さんが渡してきたんだよ。俺を幸せに導いてくれるお守りだから、肌身離さず持ってろって」

「ふ~ん……恥ずかしくないの?」

「何が?」

「いや、髪留め。女性ものを見えるところに着けてたら変だろ。隠さないのか?」

「別に? お守りだし」

 橡は割り切っているのか、特に恥ずかしいという感情はないようだ。

「お守りならいいのかよ……女子がつける物だろ? 恥ずかしいだろ普通」

 普通は周りの目を気にするだろう、と思う雪平は橡の感性に疑問を持つ。

 それをきっかけに、何度目かの、二人の口論が始まる。

「いや? お守りだし。悪いか?」

「いや悪くはないけどさぁ」

「俺も別に持ってたいわけじゃないけど、母さんが常に身に着けてろって言うから」

「内ポケットにしまえばいいじゃん」

「ペンもあるのに一つだけ内ポケット入ってたら邪魔だろ。こっちのが取り出しやすいし」

「全部内側に入れればいいだろ」

「取り出し辛いだろ」

「そんな大した手間じゃないだろ! 俺が気になるんだよ!」

「なんでお前が気になるんだよ! 咄嗟の時に使うんだから外の方がいいだろ!」

 相変わらずどうでもいいことで口論をしていると、花園が振り返り言う。

「二人ともうるさい! 静かにしてよ!」

 少し苛立ちを見せながら言う。

「わ、わりぃわりぃ……」

 雪平は苦笑いにをしながら誤魔化した。

「まったくもう……何回言ったら分かるのよ……」

 ぶつぶつと言いながら、花園は作業に戻る。

「お前のせいで怒られただろ……」

 小声で橡に耳打ちをする雪平。

「お前が話始めたんだろ。俺のせいにすんな」

 同じく小声で返す橡。これ以上言い返すとまた同じことになると察した雪平は、言い返さずに黙ることに。



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