第5話 ドヤ顔のルーファス
ルーファス親子をうちに引き取ってから数年、うちの子は増えた。
ラッセルと私の子? 冗談じゃない。
似たような行き倒れっ子を拾いに拾って、結局、20人近くいるリチャードの子供のうち、半分以上が毎日うちで朝昼晩のご飯を食べることとなってしまったのだ。
そりゃまあそうだろう。
紫水晶を懐に入れていたところで、毒が入っている食事を口にすれば、人間なんてイチコロだ。
もちろん、高位貴族の側妃やその子には、毒味役がついているから、本人達が即効性の毒を口にすることは少ないけれども、遅効性の毒や、毒性が低くて毒味役では検出できないような毒を使われ、体の負担は蓄積していく。
側妃はともかく、そんな環境では、子供達は食が段々と細くなり、さらに不健康になっていく。
だから、段々と行き倒れたり、庭のベンチでくったりとして寝ているので、仕方なく私やルーファスが、次々と捕獲することとなってしまったのだ。
「ルーファスばっかりこんな美味しいものを食べてたなんてずるい」
集まってきた……というか、集めてきた王女王子達は、全員がルーファスのように死亡寸前だった訳ではないので、最初は私の料理を口にすることもなく、警戒した様子で私達を見ていた。
けれども、艶々と健康になったルーファスが、お腹を空かせた自分達の前で、美味しそうにオムライスやグラタンを頬張っているのだ。そして、食卓に座らされた自分達の前にも、同じ料理がある。食卓の上をくるくる回っている木の精霊の
結局、全員が、うちに来たその日から即、白旗を揚げた。
子供達は、恐る恐る一口食べた後、目を丸くしてがっつくように食事を始める。そして最後に、揃えたように、ずるいずるいとルーファスを責めるのだ。なんでだ?
ルーファスは、何故かドヤ顔で喜んでいるようだったので、まあいいけれども……何故お前が自慢げにする?
「家庭料理でこんなに喜んでくれるなら本望だよ」
買い出しは大変になってしまったけれども、こんなに美味しそうに食べてくれるのだから、頑張り甲斐もあるというものだ。
「サンディはどうやって食材を手に入れてるの?」
子供達は、私のことを、サンディとか、ドラちゃんとか、ドラねーちゃんとか呼ぶ。私が好きに呼んでいいよと言ったので、そのまま好き勝手に呼んでいるようだ。
今でも私のことをサンドラ様呼ぶのは、ルーファスくらいだ。
なお、母親のフリーダちゃんは、私のことをお姉様と呼んでいる。アリエルちゃんと似たものを感じる。
「野菜はそこで作ってるでしょ」
後宮の庭に勝手に作った小さな畑を指差すと、子供達は文句を言い出した。
「あれってカモフラージュの畑でしょ?」
「ドラちゃん、あんなところに畑を作ったら、翌日には毒まみれだよぉ」
「不用心! 不用心!」
こら、息をするように毒まみれとか考えるな。何で不健康な思考回路。
「あの畑は、
植物の気配に敏感な
ただし、
なので、撒かれた水や、食卓に上がった飲み物をチェックするのは、
「それに、毒なんか撒かれる前に、
畑の前でくるくる回っている精霊達を見て、子供達は「ほほー」と頷いたり、安心したりしている。
「サンディ、じゃあ、お肉は?」
「お肉! お肉!」
あー、お肉ね。お肉、お肉。
「私が食肉市場まで、毎日買いに行っています」
「ええ!?」
「ドラちゃん、王宮の外に出られるの!?」
そう、私は毎日、王宮の外に買い出しに出かけている。
光花ちゃんと風花ちゃんと闇花ちゃんの力を借りて、こっそりお出かけしているのだ。
「よいか、皆の者。今後も美味しいご飯が食べたかったら、このことは我々だけの秘密にするのだぞ。我々、4人だけの秘密だ。よいな?」
真剣ぶった私のふざけた発言に、その場にいた4人の子供達は、興奮したように、ぶんぶんと頭を縦に振っていた。どうやら、私達だけの秘密、というのが良かったらしい。
あんまり嬉しそうで可愛かったので、「殿下、賄賂です」と言いながら、おやつに作ったクッキーを差し出しておいた。4人は、「うむ、苦しゅうない」と、私の真似をしながら、くすくす笑ってクッキーを食べていた。
なお、当然ではあるけれども、クッキーを焼いたことは匂いで他の子供達にもすぐにバレた。結局、うちに来る子供達は全員、大騒ぎしながら、クッキーを口いっぱいに頬張っていた。
でも、賄賂組は怒ることもなく、なんだか幸せそうな顔をしていたから、まあいいのかな、とも思う。
あと、うちの子が増えたというのは、子供達に限った話ではない。
なんか、その母親まで、入り浸るようになっていた。
「うちの子に勝手に何を食べさせているんですの!?」
最初に現れたのは、私がルーファスの次に拾ってきた、第二王子レイモンド君の母親のヒラリーちゃんだ。ヒーズマン子爵家の出で、亡リチャードの第12妃だそうだ。なんだ、身分が低い女が男を産む法則でもあるのか。
ルーファスほどではないけれども、レイモンド君も相当に命を狙われてきたらしく、ヒラリーちゃんは虚勢を張っていたけれども、うちに来た時はなんだか栄養不足でふらふらしていた。ついでに、緊張してぷるぷる震えてもいた。それも、イレイザちゃんそっくりの顔でだ。可愛い。
「あー、それはどうもすみません。食べさせずに帰した方がよかったですか?」
「え!? やだ! お母様のばか、帰れー!」
「ちょっとこら、レイモンド」
レイモンドが泣きながら私のスカートに隠れる。
お母さんになんちゅー口を聞いているのだ。食欲が言わせているのか。食べ物の恨みは恐ろしい。
「そ、そ、そんなことは言っておりませんことよ!? でもそうですわね、わたくしの知らないうちに、わたくしの子供に勝手に物を食べさせるのは、よくありませんわ!」
「はあ、そうですか……」
「で、ででですから、わたくしも一緒に食べて差し上げます!」
「え?」
間抜けな声を出した私に、真っ赤になって涙目で震えているヒラリーちゃんは、もう一度同じことを言った。
「ですから! わたくしも一緒に、食べて! 差し上げます!」
「え? 別にそういうの、いいんで……」
「わ、わたくしも……」
ぼろぼろ涙をこぼし始めたヒラリーちゃんに、私は「ごめんごめん」と笑う。
「あーもー泣かないで。一緒にご飯食べよう。家庭料理しか出せないけど、いいのね?」
「毒が入ってないなら、なんでもいい……」
結局本音がぽろりんしたヒラリーちゃんは、泣きながら私が作ったシチューを食べていた。
うちのご飯を食べられなくなりそうだったレイモンド君も、安心したのか、べそべそ泣きながらシチューを食べていた。
私は呆れていたけれども、フリーダちゃんとルーファスは神妙な顔をしてシチューを食べていた。どれだけ毒が身近なんだ。やべーなこの国の貴族……。
「守り石が毒に効かないって、本当ですか」
食事が終わったあと、久々に安心して満腹まで食べたらしいヒラリーちゃんは、うとうとと目を眠そうに瞬きながら、私にそう尋ねてきた。
「もう寝た方が良くない?」
「いいのです! そそそれよりも、質問に答えてくださいまし!」
私の指摘に、はっと目を瞬いて大声を出すヒラリーちゃんは、淑女とは思えなかった。でも可愛い。
本人曰く、ヒラリーちゃんはどうにもおっちょこちょいらしい。自覚していたのか。
それで、毒殺も毒避けも苦手なんだそうだ。だから、守り石を懐に、毒から守りたまえーと祈りつづけていたので、その効果がないなんて考えたくもなかったことらしい。
「だいたい、毒避けって何よ」
「食事を出してきた者の顔色を伺ったり、主賓者の口にしたものを観察しながら、こう、罠を避けるように、物を口にするのです」
「そんな地雷原みたいな料理を出すやつと食卓を囲むな!」
この国の貴族は馬鹿なの?
いや、もうあれだな。多分本当に、馬鹿なのだ。
結局、守り石に効果がないと、地花ちゃんに直接言われたヒラリーちゃんは、真っ白になった顔色のまま、レイモンドと一緒に自分の部屋に帰っていった。
翌朝、現れた。
「ドラちゃんおはよー。ご飯! ご飯!」
「おはようございます、お姉様! 今日の朝ご飯はなんですか!?」
なんか増えた! 当然のように食卓についている。こういう時、大人は遠慮しないもんかね。
そんなこんなで、ヒラリーちゃんとレイモンドの親子は、3食通いでうちのご飯を食べていくようになっていった。
それでいいのか子爵家。
そして、貴族のヒラリーちゃんが平気な顔でうちのご飯を食べているものだから、次々拾った子供達の母親も、当然のような顔をしてうちの食卓に現れるようになった。こういう時、大人は(略
「子供達に勝手に物を食べさせる訳にはいきませんから」
「親として先に物を口にするのは当然のことです」
先にっていうか、うちの食卓についたら皆、私の「どうぞ」の合図と同時に我先に食べ始めるから、誰が先だったなんて全然分からないんですが……。
しかもさ、この母親達、お互いに毒盛りあってた仲なのよね。一緒に食卓囲んでていいの。
「お姉様の前では休戦するということで、協定が結ばれているのです」
そ、そうなの……。できれば、お姉様の前じゃなくても休戦していてほしい。
母親である側妃達が毎日うちに通うようになってから気がついたのは、彼女達は飢えているということだ。
実家で蝶よ花よと育てられ、結婚に夢見ていたところに、リチャードの後宮へくる運びとなってしまった若い娘達。
夫となったリチャードの愛を得ることはなく、自分も子どもは、いつ殺されるか分からないという恐怖。
誰も彼もが、食べ物だけじゃない、愛情と安心にも飢えていて、精神的に追い詰められていた。
そんな最中に、隣の家から私がぷらぷらやってきた。
何の派閥にも関係なく毎日出迎えてくれて、毒の入っていない美味しいご飯を3食用意してくれて、自分達を子供みたいに扱ってくる、年増の
実際たまに、「お姉様」じゃなくて、「お母様」と言い間違えてくる子もいる。だいたいがヒラリーちゃんだけれども。はわわわ、と真っ赤になって打ち震えているイレイザちゃんそっくりの顔が可愛くて、「ヒラリーちゃん、おいで」とハグしてあげると、大層喜んでいた。ヒラリーちゃんも大概、可愛いよね。
ヒラリーちゃんをハグしてからしばらくたったある日、母親勢から、「わたくしも!」「お姉様! わたくしだって!」とハグのおねだりをされた。どうやら、私がヒラリーちゃんだけにハグをしたことがバレたらしい。そんな、奪い合うようなものではないと思うんだけど。
しかも、母親達のおねだりを見ていた子ども達が、「お母様達だけずるい!」と、当然の顔をして参戦してきた。
私はみんなに取り合いをされて、もみくちゃだ。でも、こんなふうに、皆が仲良く過ごせるようになって本当によかった。
「皆仲良しだね。家族だもんね。一杯食べて、ちゃんと全員、幸せになるんだよ」
私の言葉を聞いた全員が、急に黙ったので、しん、と部屋が静まり返る。
え? 何、何か失言した!? と私が動揺していると、皆じわじわと涙を浮かべて、しまいには号泣し始めてしまった。
大人10名以上子供10名以上、総勢20名以上が、私を取り囲んでわんわん泣いている。なんだこれは、どうした。あったかい笑顔で笑って欲しかったんだけど!
果たして、全員を慰めながら、泣かせたお詫びに皆を順番にハグすることになった私は、その日はヘトヘトだった。
そして、うちにあった鼻を噛む紙の在庫がすっからかんになってしまった。明日ちゃんと在庫搬入するよう、ラッセルに頼んでおこう。
夜、一人だけハグをねだりにこなかった、うちに住んでいるツンデレ坊やのところへ私は向かう。
庭の野菜の上ですやすや眠っている森花ちゃんを、庭のベンチに腰掛けながら、坊やは見つめていた。
静かに横に腰掛けると、坊やは私の方に目線を移した。
「見つけた」
「……サンドラ様」
「ルーはハグしなくていいの?」
悪戯っぽくそう聞いてみると、ルーファスはぷい、と顔を逸らした。
「そんな子どもっぽいことしない」
「子どもっぽいかなぁ」
私は首を傾げる。
家族にハグしてもらうのは、大人になっても嬉しいものだ。
でも、最近8歳になったルーファスは、きっと背伸びがしたい年頃なのだろう。家族にハグ、というのは照れくさいのかもしれない。
「ルーは早く大人になりたいの?」
「うん。早く大人になりたい。力が欲しい」
「右手が疼く?」
「え?」
「ううん、何でもない」
60年前に異世界から落ちてきた、《まんがぼん》なるものに載っていた話が頭をよぎる。「力が欲しいか。ならばくれてやる!」と言えなかった自分がちょっと悔しい。
「ハグより、こっちがいい」
そう言うと、右頰に暖かい感触がした。
…………。
………………?
「……あ、の」
「おやすみ、サンドラ様」
それだけ言うと、坊やは目も合わせずに、走り去ってしまった。
…………。
あれ? 今、私……ほっぺに、……。
「………………マセてるなぁ……」
右手で頰を抑えながら、私はポツリと呟く。
可愛い8歳児の行動に、大人の私は置いてけぼりだ。
なお、私がラッセルやアリエルちゃんに惨状を伝えたところ、二人は何を普通のことを、と首を傾げていた。二人は最後に勝ち残った勝者であり、この醜い毒盛り合戦は、人間が何人も集まれば当然発生するものだと思っていたらしい。
あなたの常識はー! 他人の非常識ー!!!
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