第4話 異世界転生ではなかった!?

異世界のエルフに転生した。

そんな夢を見た後に、目を覚ますと部屋中がコケとキノコに覆われている。しかも生えてきたキノコはスーパーでは絶対に売ってなさそうなヘンテコなキノコだった。

カラフルで如何にも毒がありそうで、しかも「うぼぼぼぼぼぼぼぼっ」と不愉快な鳴き声を発する。

部屋から生えてきたキノコが松茸でも食べようかとは思えないけど、これは尚更食べようとは思えない、死んでも食べなくない。てか、食べたら死ぬことは間違いない。


他にも、何故か僕はズボンとパンツを履いていなかった。

僕の股に生えているキノコが露出されている。僕のは起きたばかりなので、平常時よりも少し元気ではあるが、いくら元気があっても、流石にこのキノコからは鳴き声は聞こえない。けれど、不思議とジンジンと痛みを訴えている。

何が起こったんだ?


「うぼぼぼぼぼぼぼぼっ」「うぼぼぼぼぼぼぼぼっ」

「うぼぼぼぼぼぼぼぼっ」「うぼぼぼぼぼぼぼぼっ」

「うぼぼぼぼぼぼぼぼっ」



あーキノコの鳴き声が鬱陶しい、こんな騒がしい環境では何も考えられない。

まずは何が起きたかを推理するよりも先に、このコケとキノコを片付ける必要がある。

僕はコケをはぎ取ってゴミ袋に集めた。コケを全部入れるのにゴミ袋は三つも必要だったが、まぁいい。ゴミ捨て場に置いとけば処理してくれるだろう。だが、問題はキノコだ。

一応、キノコも引き抜いてコケとは別のゴミ袋入れてはみたが、この奇妙なキノコはゴミ捨て場には置いとけない。ゴミ収集所の人が中身を見て腰を抜かすだろうし、ひょっとしたら、動き出して人を襲うかもしれない。それに無事に焼却施設についたとしても燃やせば爆発したり有毒ガスを産生する可能性もある。キノコに対して考えすぎかもしれないが、僕にはこのキノコがただのキノコには到底思えない。一定期間は僕の部屋で様子を見ながら処理について考えるのが適切だろう。

僕はキノコを詰め込んだゴミ袋を二重にして押し入れにしまった。


部屋を元に戻し終えると、僕は横に寝そべって考えた。

何もない天井を見て、余計な情報や思考をシャットアウトする。


・・・・・・


集中が高まったら、気になる点を一つずつ整理し始める。


まず一つ目は・・・やけに鮮明な夢を見たことだな──僕は嬉しいことが起こると、後で落胆するのが嫌なので必ず頬をつねり夢ではないと確かめる。あのときも僕は頬をつねり、夢ではないと確かめていた。そして、頬をつねれば痛かった。つまり、夢の中だと思っていた出来事は実際に起きていて、僕はその出来事を体験していたことになる。


二つ目、だが、その夢は現実的に起こりえないような、それこそ夢物語だったこと──僕は異世界の女エルフに転生した夢をみた。この夢が実際の経験だと言うのは到底信じられない。異世界に行った人も転生した人も僕は知らないし、聞いたこともない。ただ、不思議と身体の奥から湧いて来る魔力っていうのかな・・・・そんなエネルギーを、夢の時からずっと感じる。この感覚が勘違いではないのなら、僕は実際に異世界にいたことになる。


いっそう試してみるか・・・・


「ブレイクウィンド・・・」


僕は手を天井に向けて初等級風魔術を放つ。

すると、魔力的なエネルギーが体の中から出てゆくような感覚がする。

この感覚はまるで夢の中で魔術を使ったときと同じだ。

何だかそのまま魔術が使える気がする。


「あっ・・・・・・・・・・・」


何か途中までは上手くいく感じなのだけど、組み立てた魔力的なエネルギーが最後はバラバラに散らばって魔法が完成しない。

ただ、バラバラになった風魔法で微かに部屋で微弱な空気の流れが生じる。その証拠に舞った埃が左右上下不規則に動いていた。

結果、夢の中ほどではないけど、魔術が使えた。

それは魔術は実在していて僕は異世界にいたことも物語っている。

これは夢ではなく現実だったと決定出来る証拠となる。


まぁ信じられる事ではないが、一旦は今日見た夢は現実として思考を進めよう。




三つ目、部屋中がコケとキノコで覆われていた──まず一晩でコケやキノコが生い茂るなんてありえない。何かしらの非科学的な要因があるはずだ。

・・・・・・

例えば・・・それこそ魔術の影響とか・・・・夢の中の世界では魔力があり僕も魔術が使えた。なら、寝ぼけて魔術を使った可能性はあるのだけど、なんてったって僕は風魔術しか使えない。風魔術でコケやキノコが生えるのは無理がある。他の火魔術、水魔術、土魔術でも同様に無理だろう。なら、考えられるのは一つだ。


の影響でコケとキノコが生えた。


回復魔法は生物を癒すために魔力を生命力に変える。そしてこっちの世界では魔術は不完全で、魔力は拡散する。失敗した回復魔法がこの部屋に元から存在したキノコやコケの胞子に生命力を与えたのは可能性としてあり得る。


四つ、ただ、魔術書の説明では回復魔術は女にしか使えない。つまり男である僕が寝ぼけて回復魔術を使うことはまずない。


僕以外の誰かがこっちの世界で回復魔術を使用したと考えられる。


僕の他に異世界からやって来た人の可能性も考えられるけど、そんな人がいたとしても、わざわざこんなボロアパートで魔術を使う理由がない。それにコケで覆われた床には僕の足跡しかなかった。


なら、で、使を、誰が使ったか?


五つ、考えられる人物は僕であって僕ではない者。つまり、身体は僕で中身は別。回復魔術を使ったのは僕と異世界間で入れ替わった相手。恐らく異世界で僕の姿だった女エルフだ。


つまり、僕は勘違いしていたんだ。

異世界転生なんか起こっていなかった。

僕は異世界の女エルフと入れ替わっていたんだ。

いや、違う。




●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○




ただ、何故ズボンとパンツを脱いでいた事と女エルフが回復魔術を使った理由は最後まで謎だったが、ひとまず、おおよその状況を理解出来た。

なら、次は入れ替わったときの対策を取るかを考えるべきなのだろうけど、正直言って、全くもって現実味が無いから再び入れ替わるとは思えないのだ。それにまた入れ替わりが起きたとして、どんなに対策しようとも抵抗出来ずに入れ替わってしまうのがオチだ。だったら、腹も減ったし適当にメシを買いに行くのが有意義な時間の使い方ってもんだ。


僕はスマホ片手に家を出た。


外出時に財布をもっていくのは今や、マストではない。

スマホで事足りる。

今時、スマホで殆どのこと物の代わりとなれる。

財布がなくても電子マネーやQR決済があるし、のんびりと本を読みたいのなら電子書籍を買えばいい。メール、ゲーム、新聞、音楽、動画も、スマホで十分である。


それに出前を頼めば、家にいるだけで食事に在りつける。ただ、僕は現在バイトをしていなく、なるべく節約したい。


だから僕はこんな暑い中、買い物に出ている。


駅の北口の直ぐそばにスーパーマーケットはお惣菜に力を入れていて旨いし、ボリューム満点で何より安い。


今日はここでメシを買おうと駅方向に進む。


暫く進んで、交番の前を横切る。

ヨレヨレの白いシャツをベージュ色の半ズボンにinした老人が、僕の数十メートル先をゆっくりとママチャリを漕いでいた。


走ったら追いつけそうな程のんびりと前に進んでいる。

僕はそれを何となく見ていた。


すると、チャリは段差に引っかかって横転した。

老人が転んだ瞬間、僕は思わず顔を逸らして、まるで見ていない振りをした。

ほんと、無意識の行動だった。


「大丈夫ですか!!」

野太くて勇ましい声を聞いて、ハッと顔を元の方向に戻す。老人は若い警察官に支えられながら立ち上がった。そして助けた警官に頭を下げてから、さっきと同じ速さで再びチャリを漕ぎ出した。


何もしようとしなかった僕はなんて情けないのだろう。

歩く速さが少し落ちた。

そのせいで、普段よりも体感、倍の時間を要してスーパーに辿り着いた。


そしてまた、とあることが気になって僕はまだ店舗内には入れていない。

外は暑いから今すぐにも冷房の効いている屋内に入りたいのだけど、僕はまだスーパーに入れないでいる。


何故ならスーパーマーケットから向かいの公園で4歳か5歳ぐらいの幼い子が泣いていたから。

その公園は小さな砂場と隅っこにベンチが三つ、あとは、ボール遊び用の防球ネットで囲われたスペースで構成されている。


公園内には泣いている子以外ではネット内でサッカーをしている小学生の集団しかいない。

ベンチには誰も座っていないし、公園内にはあの子の保護者はいなそうだ。


見ただけで分かる、バカでも分かる、あの子は明らかに迷子である。

大丈夫だろうか・・・・・

心配だ。

声をかけなければ・・・


あっ・・・でも、僕が話しかけて、不審者だと勘違いされないだろうか。

告白されただけで、怖がられるぐらいだし、自覚がないだけで僕は不審者に見えるのかもしれない。

どうしよう・・・・不審者扱いされるのは流石に死にたくなる・・・・いや、でも、泣いてるし・・・・・・うーん、やっぱり見てられない。

公園に向かって一歩進んだ時にはさっきまでサッカーをしていた小学生たちが迷子の子に声をかけていた。

何を話しているからは、遠くで聞こえなかったけれど、直ぐに迷子は泣き止んで、小学生達と一緒に遊び始めた。


まぁ良かったのか・・・・


その様子を見て複雑ながら一安心していたら、一人の女性が慌てた様子でスーパーから飛び出てきた。その女性は公園に遊ぶ子供達を見ると安どの表情をしていた。その表情を見てこの人があの子の母親であると確信した。


母親は僕と目が合うと僕を不審そうに睨んだので、逃げるように冷房が効きすぎのスーパーに入った。


そして僕はスーパーで油淋鶏弁当を買った。



後は帰るだけなのだけど、スーパーを出て5分ほど歩いたところで荷物を重そうにして歩く年配の女性を見かけた。

今日、僕は何度も困っている人を見かけていたのに何も出来なかった。今度こそと思い、勇気を振り絞ってそのご婦人に話しかけた。


「すっ・・すみません、荷物重そうなので、よかったら僕が持ちましょうか?」


「あらっ ありがとうね。でも大丈夫よ。家までちょっとだから」


「あっ、えーと、そうですか・・・・」


断れた僕は何だか恥ずかしくて、大回りになるが、ご老人の進行方向とは逆の方向で家に帰った。

家に帰ってはすぐに買ってきた弁当を食べ、風呂に入り、ベットに横になった。

その時には僕は異世界で女エルフと入れ替わっていたことなんてすっかり忘れて、自分の情けなさに落ち込んでいた。


落ち込んだ心情では中々寝付けないけど、体勢を何度も変えているうちにいつの間にか眠りにつけた。


目を覚ますと、僕はまた異世界にいた。

異世界の女エルフとの二度目の入れ替わりが起こっていた。


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