第15話 円卓会議のランデヴー

「やーかー、ごめん。今日の同好会は行けないや」


 一二月九日午後四時半頃。灰色に染まった空を見上げながら、人気のない廊下で大志が話す。俺は昨日、麻雀から帰ったあと、自分のSNSアカウントから見つけ出した映画製作同好会のチャットグループにて、本日の放課後、二年二組に集合するよう呼びかけた。


 このタイムリープという事象を巻き起こしている人間が、同好会メンバーの中にいるということは、俺たちが当時つくっていた『ARTIFICIAL;KRONOS』という映画の設定をベースに、この現象について構想している可能性が高い。つまり、この話題に触れさせればさせるほど、動揺させ口を滑らせることができると考えたのだ。また、この頃の俺は異常なまでに同好会活動に固執していた。ゆえに、二日間も同好会を開かないということは、接続者に疑念を抱かせてしまうことになる。


 しかし、あまりに突然の開催だ。出席できない者もいる。中和からは今朝、参加できないという旨の連絡をもらい、大志からも今まさに同様の連絡を受けている。


「おけ。じゃあまた明日な」

「じゃあね」


 そういうと彼は足早に玄関へと向かってしまった。


 暇だ。そんなことを考えながら、コートに身を包む。よりによって何故冬にタイムリープしているのであろうか。何かしら理由があるのかと模索するも、皆目見当もつかない。


 重いバッグを床に降ろす。すると、丁度そのタイミングで竜次が二年一組のから姿を現した。


「おい、竜次」


 呼びかけると奴もこちらの存在に気付き、駆け寄ってくる。


「何や山上氏か。今日は同好会やるんやっけ」

「勿論だ‼ 年末までには、何としても脚本を完成させるっ‼」

「しゃーないな」


 言いながら、竜次は俺よりも先に教室へと入っていく。その後床へと荷物を下ろし、黒板前のライトのみを点ける。以前、俺が暗い方がアイデアが浮かぶなどと痛々しいことを言ったことで、このような習慣が生まれたことを思い出す。ちなみに先ほどから俺がしている気持ち悪い口調も、過去の再現。馬鹿か、俺は。


「はぁ、ぬるぽ」

「ガッ」


 表情や発言からして、明らかにこの男は乗り気ではない。初めてこの会話をしたときの俺、九か月前の俺は、そのことに気付いていたのであろうか。恐らく何の疑念も感じていなかっただろう。どう見ても嫌がっている相手を無理やり付き合わせるとは、俺も中々に外道だ。


「おっ、皆さんお揃いで」


 竜次に続き教室へ入り、荷物を降ろす。すると、廊下から岩波の声が聞こえる。それに続けるかたちで、岩波は疑問を投げかける。


「大志と中和はまだ来てないの」

「いや、二人とも今日は来られないらしい。これで全員集合だ」


 それを伝えたのち、俺は右手を思いきり突き出し、同好会開始時の決め言葉を叫ぶ。


「これより、円卓会議を実施するっ‼」


  ◆  ◆  ◆


 それから二時間ほど、同好会は続けられた。すっかり日は暮れてしまい、真っ暗な教室の中、黒板だけが蛍光灯に照らされている。そして、それはチョークで書かれた無数の文字によって汚されている。


「いいか、岩波。お前は何も分かっていない。タイムリープという設定を用いる時点で脚本の難易度は一気に跳ね上がる。それなのに、コメディ要素を付け足すなんて愚かな選択だ」

「それは山上が世界線とかいう小難しい設定を付け加えたからだろ」

「いやいやいや、タイムリープで記憶だけが過去に遡り、その度に世界線が移動するという設定にでもしなければ、同じ人間を二人用意する必要が出てくるし、何より結局世界はないも変わらないエンドになってしまうだろう。お前の意見を無理に入れようとするなよ」

「は? 何だよそれ」


 岩波の強い言葉で我に返る。つい、過去の自分と同じような口調で、主張を通そうとしてしまった。何も意識せず、ただ会話を続けるだけでは、こうなることは必然。俺がどのように返してもこのような結果になってしまう。勿論、それは岩波がタイムリーパーではないという前提が必要になってくるわけだが。恐らく彼はタイムリープしていない。岩波の表情は本気だ。そして何より、この流れは見たことがある。


「君が中学時代に映画を撮っていたのか何なのか知らないが、独裁にもほどがあるだろ。皆と協力する気がないなら、同好会なんてやめちまえよ」

「……分かんねぇよ」


 俺は分からなかった。岩波が何を考えているのか。彼だけではない。中和も、大志も、竜次も。表向きは仲良くしてくれていても、裏では何を考えているか分からない。ひょっとすると俺のいないところでは俺を罵倒し、仲間外れにしているかもしれない。俺のことを弄んでいるでいるのかもしれない。そんな恐怖。何を考えているのか分からない。それがずっとずっと怖かった。


 高校三年に上がったことで、いや立花瑞希に出会ったことで、緑山や紫月さんと関わることで、その考えが俺の中で薄くなりつつあった。そんな気がしていた。しかし、そんな気になっていただけだった。相手が何かを考えているか分かるというのは、幻想であり、理想であり、空想なのである。


 今、再び岩波と言い争うこの光景を目の当たりにしても、俺は彼の気持ちが何一つ分からない。彼が俺に投げかける言葉の裏に何を隠しているのか、彼が俺に向ける瞳の奥に何があるのか、彼が抱いている感情の正体は何か、俺には分らない。怖い。逃げたい。考えたくない。考えれば考えるほど、可能性は無限に増えていく。それも、自分にとって都合の悪いものばかり。


「……すまなかった」


 衝いて出た言葉は、結局逃げ道をつくるものでしかなかった。それ以外は何も言わず、竜次の表情を見ることもなく、俺はその場から逃げだした。


  ◆  ◆  ◆


 玄関から出ると、そこには立花の姿があった。俺に合流しようと待っていたのだという。しかし、彼女は俺の表情を覗き込むや否や、俺を高校前の公園へと誘った。


「何かあったのかな?」


 月明かりに照らされながら、滑り台の上段に立つ彼女は優しく問いかける。 


「俺には、分からないんです。人が何を考えているのか。だから、仮にタイムリーパーを見つけられたとしても、俺にそいつは救えない。救うことなんてできないんです」

「大丈夫。君だけが背負い込むことじゃないよ。私もいるし、美望もいる。君が救えなくても、私たちなら救えるかもしれない。君が、私を助けてくれたように」

「……本当は、接続者を救えないことが怖いんじゃないんです」


 立花の声を聞いて安心したのか、気付くと俺は心中を吐露し始めていた。


「ずっと一緒に過ごしてきたあいつらのことを、何も分からないことが怖いんです。相手が自分に対してどういった感情を向けているのか。それが分からないことが……怖い」

「私もね、そう感じることはあるよ。いっそ誰とも関わらない方が幸せなんじゃないか。そんなふうに考えること、あるよ」


 彼女は俺の考えに共感するよう、言葉を紡ぐ。

しかし、やはり彼女は俺とは違う。


「でもね。この前美望と言い争ったとき、少し嬉しいなって思ったんだ。美望と少しだけど、分かり合えた気がしたから。勘違いするかもしれないし、私の想像かもしれない。だけどね。それでも、あのとき私は嬉しかった。ずっとずっと分かり合えなくて、苦しかったし、辛かった。でも、だからこそ分かり合えた瞬間、ほんの少しでもいいから相手も気持ちを理解できたときに、嬉しくなる。それで、やっぱり私はこの世界が好きなんだなって思う」


 彼女の発言に対し、俺は何一つ言葉が浮かばない。


「君が言うように非現実を求めることは意味がないのかもしれない。それでも、現実で抗うことは大切なことだと思う。だから……君にも頑張って欲しい」


 その瞬間、頭を激痛が襲う。少し前に感じた、あの嫌な痛みであった。痛みに耐えながら、立花に視線を向ける。彼女は同じ状況に陥っているにも関わらず、俺に言葉を投げかけてくる。


「諦めないで」


 その言葉を受け取った瞬間、俺は意識を失った。

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