第14話 雀卓会議のランデヴー

 驚きと衝撃の一日だった。


 一二月八日午後四時一〇分過ぎ。俺は今日一日の出来事を振り返る。


 中和と会話したあと、俺たちはともに三年三組、ではなく二年二組へと向かった。二〇二〇年ということは、当時の俺はまだ高校二年生だ。当然クラスも違う。俺は、久しぶりに二年生だった頃の空気を味わった。俺の前の席は緑山ではなく大志である。その前に緑山。そしてその前が、二年のときからの友人である北斗ほくとという男であった。


 世界史の教員も三年から担当になった始業の早い先生ではなく、一年から担当をしてくれていた中国旅行大好き先生だった。さらに担任も、遠東えんとう先生という英語教師に戻っていた。遠東先生も世界史の先生も、二年の最後に他校へ異動となってしまう。だからこそ、そのことには大きな衝撃があった。


 大志との会話も懐かしかった。彼とは当時から、担任はマッドサイエンティストだとか、世界史教師は千年以上生きていて、授業では彼の実体験を話しているのなどと冗談を言い合っていた。そんな会話をまたできるとは。感激である。


「なあ、和也」


 帰りのホームルームを終え、物思いにふけっている俺を中和が呼ぶ。


「どうした?」


 用件を尋ねると、中和は廊下の方を指差しながら話す。


「立花さんがお前のこと呼んでいるぞ」


 そういえばすっかり忘れていた。早く彼女と合流しなければならない。俺は中和の「立花さんと何かあったのか?」という問いに「何でもねぇよ」と返し、廊下へと向かう。


「よっ、山上くん! このときはまだ初めましてだね!」

「久しぶり……になるのかな」


 出ると、立花と紫月さんが目に入る。二人に対し、俺も「うっす」と返事する。


「あの、腕は大丈夫何ですか?」


 中和が言っていた通り、彼女は怪我を負っているのか、左腕をギプスで固定している。


「あ、これ? 私この頃事故に遭っていて、左腕折れていたんだよね」


 人が心配してあげているというのに、相変わらず呑気な女だ。まあ、いつでも笑顔でいるのが彼女の取柄なのかもしれないが。


「なるほど」


 彼女に対し、俺もテキトーに言葉を返す。すると、彼女は本題を話し始める。


「そうそう、これからどうしようかって話なんだけど、美望の作戦で行こうと思うの」

「紫月さんの作戦?」


 復唱しながら紫月さんの方を向く。すると、彼女はその作戦とやらの説明を始める。


「過去に戻っているということは、この世界での今日、つまり二〇二〇年一二月八日から、たちのいた二〇二一年八月一八日までの出来事を、接続者も保持しているということになります」

「確かに、状況としては俺たちと同じってことになりますもんね」

「そう。つまり私たちが対象の三人と話すことで、接続者を突き止められる」

「なるほど」


 俺の肯定を得て、彼女はこうも続ける。


「勿論、百パーセント成功する作戦じゃない。でも、過去に戻るということ自体普通の人は経験しないことだと思います。だから、地道に探りを入れ続けることが、一番の近道なのかなって。どうかな?」


 紫月さんの問いに、俺も立花も同意を示す。すると今度は立花が指揮を執る。


「担当はどうしようか?」

「俺が大志を担当しますよ。今は同じクラスですしお寿司。お二人は竜次と岩波のどちらかと面識がありますか?」

「私はどっちともないかな」


 立花の性格では、どちらとも関わりがないことも頷ける。


「私は図書委員会に入っていたから、今の段階なら、丁度同じ委員会に所属しているってことになると思う。私が岩波くんを担当するよ」


 そういえば紫月さんも図書委員だった。二年一組の図書委員に岩波もいた。丁度良い。ちなみに俺もそうだったのだが、恐らく仕事をサボりすぎて忘れられているのだろう。


「じゃあ美望が岩波くんって子で、残りの一人の子を私が担当すればいいかな」


 立花の能力では、目の前にいる人間が接続者に近いかどうかは分かっても、相手の名前を知ることなんかはできないのだろう。俺は竜次について説明しようと、奴のクラスである二年一組の方へ振り返る。すると都合よくそこに竜次の姿を捉えた。そして立花の方へ視線を戻す。


「二年一組の前にいるあのアフロ頭の男が、矢車竜次って奴です」


 すると、彼女は俺の背後を凝視し始める。


「それって、今こっちに向かってきている子のこと?」


 彼女の言葉を受け取り、俺は再度後ろを向く。眼前に竜次。


「山上氏、今日はどうするんや?」

「え?」

「麻雀しに行くんやなかったんか?」


 そうか。この世界の昨日、またはそれ以前にそういった約束をしたということか。同時に、この頃は麻雀をやるという謎の文化が流行っていたことを思い出す。


 不自然さを残さないためには、竜次について行く方がいいのだろう。しかし先ほど俺は大志の担当を志願してしまった。返答に困っていると、立花が俺の後ろから小さな声で話しかけてくる。


「今は彼が接続者である可能性がある以上、不可解な行動をとるのはまずい。私が毛利くんを担当するから、君はそっちに行って」


 その言葉を聞き終えてから、俺は竜次に返答する。


「そうだったな。俺の字一色をお見舞いしてやるよ」

「了解。じゃあそっちの話が終わってから来い。こっちは先に花鳥会館行っとるわ」

「うっす」


 言いながら竜次は教室へと戻る。その様子を確認し、立花が話を再開する。


「よし、じゃあ頑張っていこうか!」


 彼女が右腕を突き上げるのに合わせ、俺と紫月さんも右腕を上げた。


  ◆  ◆  ◆


 花鳥会館。本校者の裏に隠れひっそりと建てられているそこは、今はほとんど使われていない。強いて言えば、演劇部が一階を稽古のために活用しているだけであろう。そんな人気のない建物の二階角部屋。そこでは、頭のおかしい人間たちによる対局が繰り広げられていた。


 麻雀同好会。本来の名称は囲碁将棋同好会であり、活動内容もそれに準ずるものであった。しかし、それはある男の買い物によって、雀荘へと変貌したのだ。


「じゃあ、始めちゃいますか」


 狭い畳の部屋の中心に、これまた小さい四角形の机が設置されている。その四方を囲むかたちで、俺と竜次、そしてこの会の主犯である小西こにし佐南さなみの四人の男が座り、自身の手配を眺めている。


「鳴きますかねぇ」


 左前に座る目の細い佐南がそのように告げる。


 麻雀とは言えど、我々のこれは遊びの領域を出ない。別に何かを賭けていることもなく、ただ淡々と対局を進めているだけである。その間、室内には他愛のない会話が流れている。


「映画は完成しそうなの?」


 正面に座っている小西が話の種を蒔く。すると、竜次がそれを育てる。


「いや、無理やな」

「おいおい、そんなことはないだろ。今に見ていろ‼ すぐに伝説が生まれる‼」


 俺は竜次に発言に噛み付く。結果は分かっていても、こう言っておいた方がいいのだろう。


「昨日もビッチと喧嘩して終わったやん」

「いや、行けますって。佐南ちゃんもそう思うだろ?」

「うるさい、うるさーい! てか、山上ちょっとルールブック取って」


 こんなどうしようもない時間が愛しいと思うことになるとはな。

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