第5話 主神の槍(グングニル)

「で、どうするんですか」


 光に包まれた瞬間、立花は俺を引っ張り、物陰から飛び出した。そして現在、俺たちは再び黄色の光球、もとい和泉さんと対峙する形になっている。


 我々の次の一手目を確認しようと、左側に立つ少女に視線を送る。すると、彼女はどこかわくわくした様子で、口を開く。


「詳しい説明は省くけど、ここはある小説の世界を模倣しているの」

「はぁ」


 つい困惑を口にする。光球の存在がある時点で十分非現実的だというのに、それに加えて小説の世界ときた。受け入れようとはするものの、やはりすっと入ってくるものではない。そんな俺を他所に、次のように立花は続ける。


「今、ここは『神々たちの終末戦争ラグナロク』っていう小説の世界と化している。……私はイレギュラーな存在だから、何の影響も受けていないけど、恐らく山上くんは、今の和泉さんのように、異能を使うことができるはず」


 言い終えると、彼女はこちらに期待の眼差しを向けてくる。いやいやいや、そんな目を向けられたところで、俺は異能を発現させる方法など知らん。


「えーっと、それで俺は何をすれば……」


 そっくりそのまま、脳内に浮かんだ疑問を口にする。立花は右耳のみこちらに向け、その片手間で、先ほどと同様のものと思われる空気の花を形成し始める。


「うーん、とりあえず力を込めればいけるんじゃないかな」


 なんともざっくりした答えだ。「そんな回答で異能なんてものが使えるようになるかよ」と言ってやろうか。そんなふうに考えはするものの、立花の真剣な表情を見て、思いとどまる。どうやら、彼女は本気でさっきの説明が完璧なものであったと思っているらしく、こちらには目もくれず、黙々と花のようなものの生成を続けている。


「来るよ……山上くん!」


 不意に発せられた彼女の叫びとともに、黄色の光球が二度目の攻撃を放つ。柱状の光は、立花の火大・アグニなるものと激突。あたり一面、光と煙に包まれる。


「早くっ」


 立花の声がこだまする。すると、その声に反応するように、俺の右手が紫色に光り出す。光の中に、丈夫そうな何かの存在を感じる。じっくりとそれを観察してみると、そこには蛇を一周させつくられた輪っかのような形をした、銃のようなものが握られている。


「くっそ」


 何が正解なのか分からないまま、一心不乱でそれを光球に向ける。


 頭ではまるで理解できない。今俺はどんな状況に置かれているのか、何をすべきなのか、右手に握られているものは何なのか。ただ、人間の潜在的な、本能的な部分では、分かっている。そんな気がする。


 俺はこの蛇の力で、雷の神を消滅させなければならない、らしい。


 本当は頭の中で考えた結果なのかもしれない。ただ、自分とは別の、もっと大きな何かが、俺に答えを投げかけている。そんな気がした。


 引き金のようなものに、指をかける。


 恐怖や緊張ではない。どこか心地よい感情が、俺という存在を満たしていく。


 ゆっくりと力を込め、トリガーを引く。


 次の瞬間、俺の右手から発せられた紫色の光は、蛇の頭のような形をつくりながら、放物線を描き、黄色の光球へと到達。これまで以上の衝撃とともに、和泉さんを包み込んでいたそれは爆散した。


  ◆  ◆  ◆


 スゴイ経験だった。


 あれから一夜明けた教室。いつもと同じ席で、いつもと同じ体勢で、物思いにふける。ただ、頭の中はいつもと同じようにはいかない。昨夜の非現実的な光景が、何度も何度もループしている。にも関わらず、幼稚な感想しか出てこない自分に、驚きすら感じる。


「おはよう、やーかー」


 それにしても、俺以外は二十四時間前と何も変わっていないらしい。八時半前であるから、担任はまだ来ていないものの、緑山は自席へと戻り、俺に話しかける。


「……おう」


 つい返事が遅くなる。それもそのはず。昨夜のアレが緑山によってつくられたものだったなんて知ってからでは、普段通りこの男と接するというのは容易ではない。


 ふと、昨夜の立花の話を思い出す。


 アカシックレコード。敢えて日本語にするなら、「記憶の蓄音機」といったところだろうか。これには人類が今までつくってきた歴史、そして未来。さらにはこの世に存在する万物についての情報といった、この世界の文字通りすべてが記憶されているらしい。本来「アカシックレコード」というのは、あくまでそういったものがあると仮定する際に用いられる哲学用語でしかない。


 しかし、立花によると、俺と彼女が入り込んだ世界は、アカシックレコードのような何かによって創られたものだという。その言い表すことのできない何かを、便宜上「アカシックレコード」と呼んでいるのとのことだった。


 彼女が言うには、この世界に生きている全人類が、アカシックレコードにアクセスし、世界の記憶を覗き見る可能性を有しているのだとか。ただし彼女はこうも続けた。そこにアクセスするには、いくつかの条件を満たす必要があると。その条件の中で最も欠かせないものは、世界の変化を望むことだという。こんな世界が来てほしい、あんな世界をつくりたい。そう思えば思うほど、アカシックレコードにアクセスする確率が高くなるとのことだった。そして運よく接続できた人間は、自分の思い通りに、現在進行している世界の記憶を変えられるようになる。さらに、それこそが昨夜俺と立花があの謎の光球に襲われることになった原因であるとも、彼女は告げた。


 この話を聞き終えた時点で、もう信じることは難しい、正直そんなふうに思った。しかし、俺はすでにあの光球を目にしており、さらには自分から、この件に巻き込んでくれと頼んでしまった手前、逃げ出すわけにもいかなかった。


 そんな俺の心中を知ってか知らずか、立花は以上の説明を踏まえたうえで、昨夜の出来事について解説し始めた。


 昨夜、アカシックレコードの能力を使い、俺をあの世界へと誘ったのは、今も俺の前に座っている緑山冬馬であると彼女は言った。今日から三日ほど前、こいつはアカシックレコードへ初めてアクセス。それから昨日まで、ネットに掲載された小説『神々たちの終末戦争』をイメージした世界へと、この現実世界を編集してきたのだという。この小説の名を、俺は以前目にしたことがあった。かれこれ一週間くらい前だったであろうか、俺は緑山と一緒に、竜次が投稿しているというネット小説を探していたとき、同名の作品を見つけたのだ。そういえば、このときはペンネームが竜次らしくないという理由で、奴のものではないと判断したが、もしかすると本当は奴のもので合っていたのかもしれない。


 そのことはとりあえず置いておくとして、今は立花の話だ。彼女によると、その小説はラグナロク、つまりは北欧神話における神々による戦争をモチーフとした作品らしい。神々の武器と異能を手にした高校生らの戦い。それこそが、『神々たちの終末戦争』もとい緑山の望む世界の概要なのだという。


 そして昨日の夜、緑山が俺と和泉さんを、自身の世界に巻き込んだのである。和泉さんには、北欧神話の雷神トールの武器であるミョルニルの力を、俺には、大蛇ヨルムンガンドの力を授け、戦うように仕向けたらしい。ちなみに、俺や立花以外の、いわゆる一般人が消えたのも、小説の設定を、現実に投影した彼であるようで、俺が和泉さんを倒すという、緑山の望んだストーリーを終え、彼とアカシックレコードの接続が切れた時点、つまりはこの話を俺が立花から聞いている時点で、人々は元に戻っていた。


「山上」


 考え事をしていると、クラスメイトの誰かが俺を呼んだ。声がした廊下側へと視線を移す。すると、そこには立花がいた。


「可愛い彼女が来ているぞ」


 クラスメイトの誰かさんが、冗談交じりに口にする。勘弁してくれ。窓際の人間にそんな煽りをしても、面白い反応なんてできない。


 俺は足早に、立花のもとへと向かった。

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