赤と緑

@pochi1n

第1話あの日の赤と緑を忘れない。

住宅街の小さな公園。深々と降り積もる雪の中、一人ぼっちで僕はブランコに佇んでいた。

街灯が優しく夜の公園を照らしている。

ゴーン…ゴーン…ゴーン…

「除夜の鐘か…」

僕の今の想いも108の煩悩のどれかならこの鐘の音が消し去ってくれれば良いのに…

などとポエムめいた事を思ってしまう。

「フッ…フフフ」

自分自身への嘲笑と同時に熱いものが頬を流れた。

「おい。おーい!兄ちゃん!」

「おい!兄ちゃんってばよ!聞こえてるか!?」

そう声をかけながら、とても変な声の初老の男性がこちらへ近づいてきた。

「えっ?僕ですか?」

「おう。お前だよ!お前!どうした?兄ちゃん。ひでぇツラして。ずっとブランコに座っている変な奴が居ると思ってよ!あっちから見てたんだがよ、いきなり笑い出したかと思ったらよ、泣き出しちまうもんだから気でも触れちまったもんかと心配してよ!」

見たところ身形はあんまりよろしくない。恐らく路上生活者か何かなのであろうその初老の男性は続けて言う

「ここの公園にはよ!俺はよく空き缶を拾いにくるんだわ!そこのゴミ箱によ!結構入ってんだわ!コレが!水もよ!ココならタダで汲めるしよ!あっ、俺の事はやっさんと呼んでくれよ!」

「はぁ、そうですか…」

僕はその男性から顔を逸らし俯きながらそう返した。

変なのに絡まれてしまった。面倒臭そうな人だ。

これ以上絡んで来ないでくれと言う態度をとる僕の顔をニュッと下から覗き込んだ自称やっさんは、コッチの事なんてお構いなしに話を続けた。

「しっかし、ここは寒いな!おう、兄ちゃん!暇だろ?ちょっと付き合えよ!あっちに俺の屋敷があるんだよ!」

半ば強引に…いや、襟首を掴まれているんだ。

大分強引に僕はその初老の男性…やっさんの住まいに招待された。

やっさんの家に向かう道中、これから初詣にでも行く人達だろうか…すれ違う人達に奇異な視線を向けられる…

違うんです。僕だって普段はこんな人と一緒に歩いたりしないんです…

心の中で必死に意味のない弁明を図るが所詮は心の声…いつのまにか肩を組んで来ていた『やっさん』と僕はとても仲良さげに見えたに違いない。

「おう、兄ちゃん!見えたぞ!アレが俺の屋敷だ!

すげぇだろうw

遠慮はいらねぇからよ!ゆっくりしていけや!』

やっさんが指を差したその先に目を向けてみると、高架下の脇の所に廃材とビニールシートで出来た立派な『屋敷』があった…

「うわぁ…すごいですね…」

正直、このまま踵を返してダッシュで逃げ出してしまいたい…

「まぁ、上がってけ上がってけ!外は寒いからよ!」

強引に屋敷の中に押し込められて僕は驚いた。

思いの外、『屋敷』の中は整然とされていたのだ。

意外と広い部屋の真ん中のストーブにやっさんは火をつけた。

「まぁ、座れ座れ!俺はよ!割と余計なお節介が好きでよ!暇だしよ!話を聞くくらいはしてやるよ?人に話すと楽になるからよ!

兄ちゃんみたいな若い奴がひでぇツラしてあんな時間、ましてやこんな日にどうしたってんだよ?」

やっさんの優しい眼差しに不思議と僕の口が動き出す。

「…何か色々上手く行かなくて、仕事納めの日にやらかしちゃって…職場の人皆に迷惑かけて…気にするなって色々フォローしてくれたけど、それが情けなくって…落ち込んでいたら今日、彼女の浮気が発覚して…真剣に考えていたんです…結婚とか。でも、よくよく話を聞いてみたら彼女にとっては僕が浮気相手の方だったみたいで…何かもう、全部が嫌になってて…自分なんてしょうもない人間だなって…」

ピーーーーーッ!

少しの静寂も許さないかのようにストーブの上にあるヤカンのお湯が沸いた。

「そうかいそうかい、兄ちゃん!ちょっと待ってろ!俺が兄ちゃんが食った事ないような高級料理をご馳走してやるからよ!」

そう言ってやっさんは後ろの棚をゴソゴソと漁りだした。

「えっ?それって…」

やっさんが棚から取り出した物を見て僕は頭が混乱した…

こういう生活をしている方にとっては高級な物なのかも知れない。多少、失礼かとは思ったが僕の不思議そうな表情を見たやっさんが笑顔で問いかけてくる。

「兄ちゃん、『年越しそば』はまだだろ?まぁ、もう、年も明けちまったから『年明けそば』になっちまったけどよw」

「ホレ!3分待って食え!あったまるぞー!兄ちゃんが食った事ない様な高級蕎麦だw」

緑のたぬき…カップ麺だった。スーパーとかで100円程で買えるコレが高級蕎麦と言う…

「あっ…やっさんはお蕎麦は?」

「蕎麦はソレ一個だったからよ!俺はこの赤いきつねだw俺はウロンの方が好きなんだよw5分待たなきゃなんねぇのが気なくわねぇけどよ!年越しそばは縁起もんだ!若い奴が食えw」

「すみません…頂きます。」

3分が経ち僕は蕎麦を啜っているとやっさんがさっきまでとは違うトーンで話し出した。

「そのカップ麺は俺が空き缶集めて売った金で買ったんだがな、買い取ってくれるのは㌔単価なんだよ。空き缶一個で計算するとだいたい1.5円だ。

スーパーでソイツを買おうと思えばだいたい73個のアルミ缶を拾わなきゃなんねぇ。割に合わねえって思うだろ?でもな、兄ちゃん、73個のアルミ缶が73個のゴミになるためには8000円ちょいかかるんだわ。そう思えば一杯8000円の蕎麦が出来上がるんだわ。食った事ねぇだろ?一杯8000円の蕎麦なんてw

全部考え方次第ってやつよ!」

屁理屈だと僕は思った。

「兄ちゃんは物事をマイナスに考えちまってるよ。職場の奴等は優しいじゃねぇか。忙しかった日々の最終日に大ポカの尻拭いして、気にするなって?なら兄ちゃんはソイツらにありがとうって気持ちと行動で返すのが一番なんじゃないかい?

彼女にしてもそうさな。サクッとそんな女と縁が切れて良かったじゃねぇかよw遅かれ早かれだったんだよw遅くなればなるほどキツくなるってもんだよwそれに、知ってるか?世の中、男よりも女の方が多いらしい!兄ちゃん、考え方はミジンコだけどよ!見てくれは良いからよ!結構簡単に新しい女も見つかると思うぞwww」

いつの間にか声を掛けてきた時の様な調子に戻っているやっさん。僕はきっと誰かに優しい言葉を掛けて欲しかったのだろう。僕は緑のたぬきを啜る…

「あれっ?美味しい…やっさん…コレ、凄く美味しいです…」

ボロボロと大粒の涙を流しながら啜った年明けそばは少し塩気が効いていたけど、僕が今まで食べてきたどんな物よりも優しい味がした。

「そうだろそうだろw食え食えwおっと、いけねぇよ!コッチはもうとっくに5分過ぎちまってるよw」

それから僕達は他愛もない話を少しして、やっさんにお礼を言い、僕はやっさんの『屋敷』を後にした。

それからは、やっさんを見かける度に挨拶をし、世間話を楽しんで、たまに差し入れを持っていく様な関係になったのだけれど、ひと月程した頃にやっさんは街から消えた…

屋敷も綺麗さっぱり…

全国津々浦々余計なお節介を焼きなが路上生活者を楽しんでいると言っていたけど、スッとこの街から消えていった…

僕はといえば、その年の仕事初めからガムシャラに今迄以上に仕事に打ち込んだ。あの時の職場の仲間達の優しさに少しでも応えられる様に、応えるように。

あれから10年が経って、仕事が評価され僕は会社の幹部への出世を果たし、優しい妻と可愛い愛娘にも恵まれた。

感謝の気持ちを伝えたいと思い、興信所なども使って、やっさんの行方を探したけれど今迄見つかってはいない…きっと今も何処かで誰かにお節介を焼いては次の街へとそんな旅を続けているのだろう…

今年も年の瀬が近づいて来ている。

我が家では毎年、年明けに緑のたぬきと赤いきつねを食べている。

あの時の緑のたぬきの美味しさには及ばないだろうけれど、妻と娘に緑のたぬきを。僕が赤いきつねを。





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