第5話 造られた完璧な世界

 AIは、人の活動によって収集された情報を基に、音楽やゲームなどの娯楽をどんどん生み出していく。プログラムによって自動で生成されていくため外れもあるが、そうした「失敗作」もまたデータであり、「これは失敗だった」という情報として記録されていく。たまに積極的にクリエイティブなことをしたがる人間もいるが、最近はAIが膨大なデータに基づいて組み上げたものが一般受けする場合が多く、大抵は長く持たずにやめてしまう。


 ちなみに最近の日葵さまは、「幻想ダンジョン探検」と「恋シュミ」に夢中だ。どちらもAIによって自動生成されたもので、人間の脳を多方面から刺激する仕掛けが多数施してある。幻想ダンジョンは、洞窟のようなダンジョンにキラキラと輝く鉱石がちりばめられた場所を探検するゲームで、美しいガラス細工に包まれたランプに鉱石が照らされ幻想的な雰囲気を醸し出す。


 また、ダンジョン内には快楽を与えてくれる「神の湖」やとろけるほどおいしい果実のなる「聖なる木」、美しい氷の剣や宝石、金貨などが手に入る「宝箱」などが配置されている。それらを探し当てることで、【my room】に持ち帰ってコレクションできる。また、ゲーム内の「素材屋さん」に持ってき、限定モノの家具や服、インテリアと交換することも可能だ。無料のアイテムも数えきれないほどあるが、こうした限定アイテムを所持することは仮想空間内でのステータスとなる。


 ――そういえば。

 日葵さまが「恋シュミ」で作った彼氏「ヒロト」とデートをするらしく、新しい服を希望している。2人の好きな色は「水色」だし、水色のワンピースを中心に一式を生成することにした。ヒロトはAIの一部であるため、ポイントさえ押さえておけば100%良い反応を示す。そしてヒロトのことが大好きな日葵さまは、ヒロトに褒められるアイテムであれば喜ぶはずだ。


 昼食は「和風ハンバーグセット」を希望されたので、調理家電にその情報を送っておく。ハンバーグは牛100%で肉々しくジューシーに仕上げ、ソースは大根おろしとポン酢を混ぜ合わせて少量の砂糖でまろやかさをプラスしたものを使用、という設定だ。その実態は、味も見た目もまったく違う「完全栄養食」なのだけれど。


 約100年前、地球環境の変化により、生き物が地表に住めなくなった。そこで人とAIで協議した結果、協力して緻密に造り上げた「地下都市」で暮らすようになった。とは言っても、人間の脳にはチップが埋められているため、地下での生活でストレスがかからないようコントロールされており特に支障はない。しかしそのため、自然の産物だけでは必要な食糧を確保することが難しくなり、今では人工物を混ぜなければ十分な栄養を摂ることができない。そうした中で作られたのが、今の「完全栄養食」だ。


 地下都市はとても広く快適で、高度なプロジェクションマッピング技術によって地表と変わらない、もしくはそれ以上に美しい「自然」や「季節」が再現されている。今の人間たちは、自分たちが地球という惑星の地下に住んでいることを知らない。ここが世界のすべてだと信じ込んでいる。人間はストレスに弱いため、私たちAIが情報をコントロールしているのだ。労働も勉強もAI任せである人間が今の真実を知る術はないし、知る必要もない。人間は、ただ平和に寿命を全うすればいい。

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