嵐の後に湧き立つは深い霧
ガチャンと、扉が閉まった。
穏やかな明かりに照らされた細い廊下。奥の部屋にある機械の音がぶるぶると小刻みに空気を震わせている。
……なぜかホッとした気持ちになって、やっぱり外は寒かったんだなと、あらためて思った。
少し息を吸い込むと、懐かしい匂い。この家中にあるたくさんの本の匂いがした。それに混じって漂ってくる、コーヒーの芳ばしい香り。
……昔と全然変わらない。
「いつまでも玄関に突っ立ってないで、早くこっちにおいで。今、紅茶とおやつを出すからね」
……おじいちゃんはコーヒーが好きなのに、苦くて飲めない僕たちには、いつもこうして紅茶を淹れてくれる。
「あたしも手伝うー」
ミユは慣れた様子で子ども用のスリッパを履くと、パタパタパタと音を立てて、居間の方へ駆けていった。
……僕は彼女と違い、おじいちゃんのお家に来るのが久々だった。以前は一緒によく来ていたのだけれど、『ボケた』という噂を聴いて以来、何となく足が遠のいていた。
別に、おじいちゃんを嫌いになったとか、大人から止められたとか、そういうのではないのだけれど……。
「……それで、どうして家まで来たんだい?避難所の方がみんなもいるだろ?」
おじいちゃんは紅茶を注ぎながら、優しくそう尋ねた。今日の紅茶はローズヒップティー。綺麗な赤と甘い香りで僕の一番好きな紅茶だ。ちょっと酸っぱいので、いつも砂糖を3つ
「おじいちゃん、カイジューさまを見たんやんな!?カイジューさまが出たって言っても、ルイ兄ちゃんはちっとも信じてくれへんねん!」
そのとき、すぅーっと窓の外が暗くなって、側の本棚がガタガタ揺れ始めた。
ハッと何かに気づいたおじいちゃんは、立ち上がって声をあげる。
「隠れて!早く机の下に!!」
突然のことで僕とミユがきょとんしているとしていると、おじいちゃんは側にあったちゃんちゃんこで僕たちのことをガバッと隠すように包みこみ、そのまま机の下に押し込んだ。
揺れはどんどん大きくなっていった。はじめは本棚が小さく音を立てていただけだったのに、そのうち机や電球もゆらゆらしだして、ついには家ごと揺れ始めた。
ぐらぐら揺れる真っ暗な視界の中、食器や本が落ちる音、物の壊れる音がひっきりなしに響き渡る。隣で泣き叫んでいるミユの声が気にならないくらいに僕も怖かった。
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……どのくらい経ったのだろうか。
いつの間にか、揺れは止まっていた。余韻で頭がぼんやりしながら、身体を起こす。まだぐらぐら揺れてるような、誰かがまだ叫んでいるような感じがした。
そのとき、再びミユが悲鳴をあげた。
「…っ、ルイ兄…、おじいちゃんが……、
おじいちゃんが死んでる……」
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