泥まみれの町と四角いお家

 いつもの通学路。

 そこはなんてことない住宅街。車がすれ違うことができるくらいの道を挟んで、僕たちの背より高い塀に囲まれた家がずらっと並んでいる。いや、今となっては、というべきなんだけど。


「それにしても、みんなちゃんと逃げれてホンマよかったなぁ」

 先を歩くミユが、ブロック塀の崩れたお家を覗き込んで呟いた。そこのお家自体はまだ崩れてはいないけど、壁にひびが入って、窓ガラスもあちこち割れてしまっている。

 割れた窓から、ぐしゃぐしゃに荒らされた部屋の中が見えた。棚や家具が倒され、中の本やら食器やらがみんな飛び出して、散乱してしまっている。しかも、泥でびちゃびちゃになった床の上に……。きっとあの本たちはもう読めないだろう。


「うへぇ……歩きにくくなってきた……」

 道路はもっとドロドロだった。ミユのお気に入りの黄色い長靴も泥まみれになって、歩く度にビチャビチャと汚い音を立てている。

 町中、どこもかしこもぐちゃぐちゃのべちょべちょ。でも、匂いは雨ではなく、何故だか潮の香り……。そんな海の匂いに満ちたドロドロの道を歩いていると、僕はだんだんカイジューさまが暴れたというのもあながち嘘ではないような気がしてきていた。


「あ、おじいちゃんや。おーい!」

 無駄のない真四角ましかくのお家。丸い窓からは、中におじいちゃんがいるのが見える。お隣のおじいちゃんの家は、ドロドロに汚れている以外、いつもと何も変わっていないみたいだった。他のお家は僕たちの家も含めて、崩れたり、壊れたりしているのに。

 おじいちゃんは僕たちに気づくと、一瞬驚いた顔をしてから、ニッコリ笑った。


『いらっしゃい。避難所に行ってたんじゃないのかい?』

 玄関のインターホンから声が聞こえて、扉が勝手にガチャっと開いた。

『とりあえず、入って来なさい。外はまだ危ないから』

 そう言われた僕たちは少し怖くなって、慌てて中に飛び込んだ。振り向けば、後ろにカイジューさまが来ているような気がして。

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