怪獣の沼から浮かぶは昔話
「……それで『カイジューさまの仕業』ってどういうこと?」
僕は防波堤の上を歩くミユを見上げて尋ねた。綱渡りみたいに両手を広げ、ピョコピョコと身体を揺らすことで、バランスをとっていた彼女はそのまま突然、歌い始めた。
♫
カーイジューさぁーまに
♫
カーイジューさぁーまに食ーべられる♫
……耳にタコができるほど、よく聴いた唄。この地域で語り継がれている民謡だ。
――昔、この町がまだ村くらいの大きさだった頃。ここらの海には、手が六本ある頭の大きな怪物がいたそうだ。その怪物がしばしば人間を襲っていたものだから、ここの人々はこそこそ隠れながら暮らさなければならなかった。
そんなある日、ひとりの旅のお坊さんこの村を訪れた。お坊さんは、海の側なのに漁もできない村人たちを憐れに思い、怪物を退治してくれたのだとか。
でも、お坊さんが退治した怪物はほんの一部。襲われることは少なくなったけれど、彼らがいなくなったわけじゃない。ただお坊さんはひとつ助言も残していった。
"海辺で白い肌を出さないこと"。白い人ほど襲われてしまうから……。
それ以降、怪物の被害もぐっと少なくなった。でも、用心深い村人たちはこれを民謡として伝え残し、また、家や持ち物も白い色を避ける文化も生まれた――
……と、いわれている。まぁ、よくある昔話だ。
「そのカイジューさまが出たんやって!」
ミユは側の瓦礫にぴょんっと飛び乗ると、パッと僕の方を振り返って、目をキラキラさせた。
「お隣のおじいちゃんがそう言ってたの!」
僕は少しガッカリした。
大人たちが『お隣のおじいちゃんは最近ちょっぴりボケてしまった』と噂しているのを聴いたからだ。『たまに変なことを言う』らしい。優しい人ではあるのだけど……。
「夜中に大きい影が海の方から来たのを見たって言ってたんやもん!」
彼女の視線の先には荒れた海。反対側には、人っ子ひとりいないボロボロになった僕たちの町。いくつもの建物が崩れて、地面が割れてる場所もある。ただ、海にも町にも、怪獣なんて影も形もありゃしない。
……いつもは僕よりしっかり者の妹なのだけど、たまにこんな風に子どもっぽくなることがある。ただ今回は僕のせいだ。上気して真っ赤になった彼女の頬を見ながら、こっそり反省した。彼女のカイジュー好きは僕のせいなのだ。
僕も幼い頃から怪獣が好きだった。幼い頃に怪獣映画を観て以来、
彼女のおままごとに付き合う際に、それとなくお手製の怪獣人形を紛れさせ、それぞれの怪獣のキャラ設定をそれとなく語り、話の合間にそれとなく怪獣映画の魅力を語った。押しつけないように……、彼女から自然と怪獣を好きになるように……。
そんな地道な布教の甲斐があってか、妹を怪獣オタク仲間にすることは成功したのだけど、まさか現実と虚構の区別がつかなくなるほどハマってしまうとは……。
「あー!!信じてへんな!」
……いや、ただ町が壊されただけで怪獣が出たなんて、早とちりなのでは。
「一晩でこんなに町を壊せるのは、カイジューさまくらいやろ。猪や熊かって、セメントの建物は壊せへんやろし」
そうだとしても、その怪獣が何処にも見当たらない。昨日の強風で古くなった建物が、たまたま一斉に壊れたとかじゃ……。
「いつまでもカイジューさまがその辺をウロウロしてるわけないし、風だけで一気に壊れるわけないやろ!地面まで
……何さ、ルイ兄
アホやなー。それこそ、そんな簡単に見れるわけないやん。
…あー、自分でも、途中でそのこと気づいたから、ちょっと冷静になって、大人ぶってるんやな。アホやなー」
ニィっと乳歯の抜けた顔で笑う妹。図星をつかれて、僕は渋々口をつぐんだ。
……たしかに一晩の雨風じゃあり得ない壊れ方で、他の理由といえば、戦争くらいしか思いつかない。でも、戦争なんてずっとしてないはずだし、火薬の香りもしていない。つまりは、もうカイジューさまくらいしか理由はないのだけれど、僕にはどうしても生き物の仕業には思えなかった。
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