冷えた校舎の横にて微睡む

『――逃げて』


 ぼんやり頭のその奥で、誰かの小さな声が聴こえた。……そんな気がした。


 朝。目を覚ますと、家の中が何だか慌ただしかった。両親が早起きで働き者なのは、いつものことなのだけど、それにしては何だか妙に落ち着きがなくて……。僕は身体だけ起こして、ぼんやりしていた。


「おはよう、ルイくん。お寝坊さんやね」


 振り向くと、そこには何故か近所のおばちゃん。煤まみれの顔でニッコリ笑っていた。

 どうして彼女がそこにいるのか。どうして顔がドロドロに汚れているのか。寝起きの僕にはさっぱり分からなくて、とりあえず、作り笑いを浮かべて首を傾げていると、後ろから妹のミユに蹴り飛ばされた。


「もう…っ。ルイにい、寝過ぎやし。

 あんなに大騒ぎやったのに、ようよく寝てられるわ。家も町ももうぐちゃぐちゃやで」


 改めて周りを見渡すと、ここは家じゃなくて小学校の体育館で、おばちゃんみたいにドロドロの人がいっぱいで、寝ぼけてぼんやりしているのは僕だけみたいだった。

 窓の外にはもう太陽が高く昇っていて、開けっ放しの入り口からは見慣れた校舎が崩れて見えた。……え?校舎が崩れて……る?!


「もう……町中、あっちもこっちも建物が崩れてしもてるしまっているんやわ」

 ……え?!なんで?!

「ん~……昨日の晩ね、急に凄く揺れて、雨も風も前が見えへんくらいキツくてね……。

 ……とりあえず、小学校の体育館にみんな逃げてきてるんよ」

 おばちゃんはどっこいしょっと立ち上がると、「着替えたら、おいでね」と言って、他の人たちの中に紛れていった。……何やらいい匂いがしていて、僕のお腹がキューッとなった。炊き出しの準備をしていたりするのかもしれない。


 それを追いかけようとしたミユは、ふと何か思い出したように立ち止まる。

「噂なんやけどさ……」

 両親が側にいないことをチラッと確認してから、そぉーっと顔を寄せて耳元で囁く。


「"カイジューさま"の仕業らしいで。町を壊したの」

 彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて走り去った。

 そうか、"カイジューさま"か……。

 僕はゆっくり立ち上がる。そして、母が置いてくれたらしき枕元の洋服へ手を伸ばした。

 いつまでもパジャマのままじゃ寒いし、お腹も減っているからね。……別に、カイジューさまに早く会いたいからとかではなくて。

 人目を気にしないようにして着替え始めると、ぴゅーっと僕の側を風が吹き抜けていった。……外ほどではないけれど、体育館はやっぱり家よりも寒い。

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