6-8 手がかりと真実確定
「イツカ様、先ほどから何やら難しい顔をされていますが」
「ああ、いえ……その、フレーデガル様の問いに答えている途中で気づいたのですが」
怪訝そうなフレーデガルへ緩く首を振りながら、イツカは答える。
「……今回の黒幕がわたしと同じようなことを考えていた場合、安全圏からフレーデガル様たちに呪詛を送っていそうだと思って」
「……なるほど」
怪しい候補として、直接ヴィヴィアやローレリーヌの名前をあげるのは避けるべきだ。二人ともフレーデガルの傍にいる人物だけに。
そう判断し、候補の名前は伏せた状態で答えたが、どうやら正解だったらしい。
納得した声で相槌を打ったフレーデガルに頷き返し、イツカはさらに言葉を続ける。
「ですが、黒幕も同じようなことを考えて作戦を立てていた場合、調査がより難航してしまいそうだなと……相手も上手く隠れていることが予想されますから」
「確かに、相手も上手く隠れているでしょうね。自分が黒幕だと気づかれたら、この作戦は瓦解する。……一見、関係なさそうな立ち位置にいる者も一度疑ってみるべきか……」
後半は小さな声で呟くかのように言葉を紡ぎながら、フレーデガルも思考を巡らせている。
イツカ一人だけでなく、フレーデガルも一緒に考えてくれている――そのことが少々申し訳ないけれど、同時に心強かった。
「なので、今後はそういった方面の可能性も考えながら調査を続けようかと。あともう少しで何かわかりそうな感覚はあるのですが……」
なかなか正体を掴みきれず、時間ばかりが過ぎ去っているのが現実だ。
その現実を改めて噛みしめ、イツカの表情がわずかに曇る。ただ悪戯に時間を消費しているだけのような感覚すらし、依頼人であるフレーデガルに申し訳無さを覚える。
だが、フレーデガルがイツカに対して見せるのはとても穏やかな表情だ。
「お気になさらずに。どうぞ、イツカ様が納得できるまで調査を続けてください。そちらのほうがはっきりとした答えも出ると思いますから」
「……すみません。ありがとうございます、フレーデガル様」
ふ、と。イツカの表情にわずかな苦笑が浮かぶ。
本当に、途中で依頼を取り下げずに納得いくまで調査を続けていいと言ってくれるフレーデガルには感謝しかない。
ここまで協力してくれる彼のためにも、真実を確定させなくては。
改めて決意を固めるイツカの前で、今度はフレーデガルがわずかに表情を曇らせる。
「むしろ、謝罪せねばならないのは私のほうです。……一瞬、ほんの一瞬だけ、実はイツカ様が犯人なのではないかと疑ってしまった」
はつりと落とされた言葉には、強い罪悪感と後悔、そしてイツカへの申し訳無さが込められていた。
はたはたと数回ほど瞬きをしたのち、イツカはゆるりと笑みを浮かべて口を開く。
「大丈夫ですよ。どうかお気になさらないでくださいませ、フレーデガル様。わたしを疑うのは当然のことだと思いますから」
なんせイツカが口にした条件には、他の誰でもないイツカ自身も当てはまる。
それに、フレーデガルからしたらイツカはよそ者。先に相談をした相手であるヴィヴィアよりも、そして屋敷にいる使用人たちや領地に住まうネッセルローデ領民たちよりも繋がりが薄い相手だ。本当はこいつが一番怪しいのではという目でイツカを見るのも納得ができる。
身近な人間よりも、関係の薄いぽっと出の人間を疑いたくなるのは自然な心理だ。
「……しかし、こちらから調査依頼を出しておいて疑うというのも」
けれど、フレーデガルの中では納得のできないことだし、罪悪感や申し訳なさを強く感じることのようだ。
少しばかり苦笑が浮かぶけれど、真面目すぎるほどに真っ直ぐで息苦しくなってしまわないか心配だけれど、その真っ直ぐさはイツカの目に好ましく映る。
真っ直ぐに誠実であろうとする姿は、とても眩しくて――こういう人だからこそ、イツカはフレーデガル・ネッセルローデに心惹かれたのだ。
「大丈夫です、本当にお気になさらないでくださいな」
「……。……申し訳ない。ですが、ありがとうございます」
そっとフレーデガルの手に自身の手を重ね、イツカは再度同じ言葉を繰り返す。
まだ少し納得がいっていなさそうな顔ではあったが、フレーデガルは静かに頷いてから軽く頭を下げた。
重なった手から伝わってくる、確かなぬくもりと手の感触。フレーデガルがここにいるという確かな証。それらを心の中に刻みつけながら、イツカはゆるりと目を細めて笑みを浮かべた。
自分でも単純だと苦笑いを浮かべてしまいたくなるけれど。
胸の中に芽生えた想いが報われることはなくても。
この手に触れるぬくもりの主が失われないよう守りたい――このぬくもりに、手に触れることができるのが、今だけだとしても。
(……あなたのことは、わたしが守りますから)
だから、どうか安心して笑っていてくださいね。フレーデガル様。
口には出さず、心の中で呟いて、イツカはゆっくりと目を伏せた。交わした言葉を、時間を少しでも心に刻みつけるために。
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