6-7 手がかりと真実確定

「わたしなら、自分が怪しまれる立場になることは絶対に避けますね」


 もし、今回の騒動を起こした犯人が自分なら――。

 フレーデガルから向けられた『もしも』の問いかけについて思考を巡らせながら、イツカは最初に浮かんだ答えを口にした。

 彼がどのような考えでこのような問いかけをしたのか、正直全くわからない。

 何か様子が異なるような気がしたが、このような問いかけをするということはフレーデガルに何かがあったのは間違いなさそうだ。

 フレーデガルの様子をじっと観察しながら、イツカは答えの続きを紡ぐ。


「今回、フレーデガル様を悩ませているような不可視の力――呪詛の力で他者を害するときは、周囲に気づかれないよう、こっそり相手を害したいときであることが多い。なので、少しでも怪しまれる立場になること……たとえば対立したり、不仲になったり、そういうことは絶対に避けますね」


 不仲である、対立している、少しでもそういう情報があれば疑われる対象になりますから。

 そう付け加えたイツカの返事に耳を傾けながら、フレーデガルが自身の顎に軽く手をやる。

 こちらを見つめる赤い目はとても真剣で、イツカの姿をまっすぐに見つめていた――まるで、おかしな様子を見せていないか、見極めようとするかのように。

 緊迫感を含んだ空気の中に、イツカだけでなくフレーデガルの声も響く。


「つまり、イツカ様なら害する相手――あなたの言葉を借りるのであれば、呪詛を送る相手と親しくする、と?」

「場合によっては」


 イツカは小さく、けれどしっかりと頷く。


「ですが、少しでも対象と繋がりがあれば疑いの対象になる可能性は十分にあります。なので、わたしなら相手との接点を徹底的に隠しますね。繋がりがなくなれば疑いを向けられる可能性も低くなります」

「……ふむ」

「接点を隠すことができなさそうであれば、とても親しい立場に収まるかと――」


 そこまで言葉を口にしたところで、ふと。一人の女性がイツカの脳裏によぎった。

 フレーデガルに返した答えは、あくまでもイツカならこうするというもしもの話だ。誰もがそうするとは限らないし、人によって異なる考え方をするだろう。

 しかし、相手と親しい立場に収まって疑いの目をそらしつつ、相手に呪詛を送る――これを実行できる立ち位置の人間を、イツカは知っている。


 ――ヴィヴィア・チェスロック。

 協力者と思っている彼女がもしイツカが口にしたことと同じ、もしくは似たことを実行しているのであれば、彼女も黒幕候補に上がる可能性が浮上した。


(……いや、でもローレリーヌさんのときと同じで、あの人にはフレーデガル様を害する理由がない……はず……)


 フレーデガルを想っている可能性はあっても、彼を害する理由にはならないはずだ。

 もしヴィヴィアが犯人だとしたら、相手に助けの手を差し伸べながら害し続けていることになる。呪詛を送っているということは何らかの悪意や害意がある可能性が高いからであって、相手を助けながら害し続けるなんて状態はよくわからない。


 いや、それすらも作戦なのだろうか。フレーデガルに助けの手を差し伸べる者という立場でいれば、呪詛の犯人を探すときに黒幕候補から即座に外される。イツカが口にしたように、安全圏から対象へ呪詛を送り続けることが可能な状況の完成だ。

 無言で思考を巡らせるうちに、イツカの眉間へ自然とシワが寄っていく。


 現在の黒幕――もとい、犯人候補は大きく分けて二人。

 状況や証拠からもっとも怪しいといえるローレリーヌか。

 それとも、一見黒幕側とは思えない立場にいるヴィヴィアか。


 もちろんこの二人ではない可能性もあるが、現状怪しいかもしれないと言えるのはローレリーヌとヴィヴィアの二名だ。


(……でも、二人ともフレーデガル様へ害意を向ける理由は見当たらないと思われる)


 ローレリーヌはまだ直接話を聞けていないからはっきりとはわからない。だが、彼女が眠っていた部屋にあった呪詛に関する本を、一使用人である彼女が手に入れられるのかという疑問が残る。


 一方、ヴィヴィアはフレーデガルから相談を受け、彼から少しでも呪詛や穢れを遠ざけるためにお守りを渡している。その後も継続してフレーデガルの相談に乗っており、彼を助けさえすれ害する理由は見当たらない状態だ。

 しかし、ヴィヴィアにはイツカと同様に呪詛や穢れに関する知識がある。ローレリーヌよりも、呪詛に関する記述がされたあの本を手に入れやすいといえる。


(やっぱり、まずはローレリーヌさんから話を聞いてみないとわからないかな)


 考えるにしても、やはりローレリーヌの証言や反応が不明なままなのは痛い。彼女から得られる情報を手にできない限り、真実を完全に見極めるのは不可能に近い。

 もう少しで何かが見えそうなのに、あともう一歩のところで手から真実がすり抜けていく感覚。

 宙を手で虚しくかく感覚に思わず深い溜息をついたとき、フレーデガルが怪訝そうにイツカへ声をかけた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る