6-4 手がかりと真実確定

 言葉を交わしながら少しずつ飲んでいた紅茶もすっかりなくなり、イツカの手元に空っぽになったカップが残される。

 イツカが飲み終わったことに気づき、すかさずトレイを差し出したタニアへ感謝の言葉を口にしながら、トレイの上にそっとカップを置いた。


「倒れた原因がはっきりしませんし、いろいろ気になることはあると思いますが、どうか今日は一日安静にしてください。身の回りのお世話はあたしが仰せつかっておりますので、お任せください!」


 そういいながら、タニアはどこか得意げに笑みを浮かべてみせた。

 初対面が初対面だっただけにそそっかしい印象が強い彼女だが、弱った状態から回復したばかりの身にはこの明るさがありがたい。見ていると微笑ましい気持ちになるし、不安や緊張、心配などの感情が吹き飛ばされるかのようだ。

 イリガミ様が対処してくれたとはいえ、イツカも呪詛の影響を受けたのは確かだ。一度ダメージを受けた身がもう一度呪詛に蝕まれたりしたら、どうなるかわからない――故に、不安や緊張を少しでも遠ざけてくれる存在が傍にいてくれるのは安心するものがあった。


「わかりました。少しの間、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません。よろしくお願いします、タニアさん」


 素直にタニアへ感謝の言葉を告げ、イツカは柔らかく笑みを浮かべた。

 イリガミ様は少し退屈するだろうが、まずは己の身を万全な状態に整えなくては。ここで無茶をした結果、反動でまた倒れるのだけは避けたい。

 イリガミ様とはまたゆっくり話をしておかなくては――イツカが頭の片隅に新たな予定を書き留めたとき、扉の向こうからこちらへ近づいてくる足音に気づいた。


「……?」


 ぱ、と足音に反応し、扉へ視線を向ける。

 タニアもきょとんとした顔をしていたが、即座に納得したかのように表情を切り替え、ぱっと笑顔を浮かべた。


「どうやら、こちらへいらしたみたいですね」


 タニアが柔らかな声で言葉を紡ぎながら、扉へと視線を向ける。

 聞こえてくる足音は明らかに急いだ歩調で、迷うことなくまっすぐイツカがいる部屋へ近づいてくる。

 まもなくして、ノックもなしに扉が勢いよく開かれ、急ぎを隠しきれていない声が室内に飛び込んできた。


「イツカ様!」


 室内の空気を揺らした声は、イツカが聞きたいと思っていた声。

 そして、先ほど話題に上がっていた人物の声でもあった。

 イツカの口元に思わず柔らかな笑みが浮かび、暖かな想いが胸をじんわりと暖めていく。

 部屋に飛び込んできたフレーデガルは、ベッドの上で起き上がっているイツカの姿を目にした途端、表情をくしゃりとさせた。心底ほっとしたかのように。泣き出しそうになったのを堪えているかのように。


「イツカ様……本当に意識が戻られたのですね……」


 安堵に満ちた声でフレーデガルが言葉を紡ぐ。

 イツカが休んでいる部屋に飛び込んできたフレーデガルの姿は、イツカが見慣れたものとは大きく異なっていた。普段は丁寧に整えられている髪はわずかに乱れ、呼吸もみだれている。先ほど耳にした足音を考えると、走ってこの場へ来てくれたのが簡単に読み取れた。

 穏やかな空気の中、フレーデガルがふらりと一歩を踏み出す。

 そのままイツカの傍へ歩み寄ろうとしたが――フレーデガルが片足をさらに踏み出すよりも先に、タニアが声をあげた。


「駄目です旦那様!」

「えっ」


 わずかな鋭さも感じさせる声に驚き、フレーデガルが動きを止めた。

 イツカも突然のタニアの反応に驚きを隠せず、ぽかんとした顔で彼女を見つめた。

 イツカの傍で目を吊り上げ、ぎっという音が似合いそうな表情でフレーデガルを見つめるタニアの姿は普段の彼女の雰囲気とはかけ離れている。

 あの一瞬で一体タニアの中で何が起きたのか――戸惑うイツカの視線の先で、タニアはフレーデガルに歩み寄りながら言葉を紡いだ。


「クラマーズ様は先ほどお目覚めになったばかりで、まだ身支度が済んでないんです!」

「へ」


 間抜けな声がイツカの喉から溢れた。

 一体何を言い出すのかと内心ハラハラしていたが、タニアが口にした言葉はイツカの予想を超えたものだ。

 フレーデガルもまさかそんなことを言われるとは予想していなかったらしく、ぽかんとした顔でタニアを見つめている。


「身支度が整ってない姿を殿方に見られることは女性にとってすごく恥ずかしいことなんですから、もうちょっと外でお待ちください!」

「え、あ、待っ、タニア!?」


 有無を言わさぬ調子で言葉を発しながら、タニアがフレーデガルの身体を反転させた。

 ぐいぐいとフレーデガルの背中を押して室内から廊下へ押し戻し、勢いよく扉を閉める。

 自身の主を廊下へ締め出したタニアは、ぱっと振り返ってイツカに満面の笑みを見せた。


「さて、そういうわけですので……身支度しましょう、クラマーズ様!」


 ぽかんとした顔をしていたイツカだったが、はっと我に返り、くすくすと小さく笑う。

 ゆるりと柔らかく目を細めて頷き、イツカはタニアへ言葉を返した。


「とびっきり綺麗にしてくださいね、タニアさん。フレーデガル様が見惚れてしまうくらいに」

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