6-5 手がかりと真実確定
フレーデガルが目覚めたイツカと改めて対面したのは、そこからさらに数分が経過したあとだった。
扉がもう一度開かれたあと、タニアはといえば一仕事やり遂げた顔で部屋を離れていった。イツカの身の回りの世話だけでなく、離れの管理まで自ら進んでやってくれていると聞いているため、他にやらなくてはならない仕事があるのだろう。
いきなりタニアの手によって締め出されたときには驚いたが、二人きりにしてくれたことには感謝したい。叶うなら、イツカとは二人きりで話がしたいと思っていたのだ。
「失礼します」
軽く深呼吸をし、改めてイツカが休んでいる部屋へ足を踏み入れる。
タニアの手によって身支度を整えたイツカは、最初に目にしたときと同様にベッドの中で身を休めているが――わずかに乱れていた髪は丁寧に整えられ、先ほどとは異なるネグリジェに身を包んでいる。たったそれだけのことだけれど、最初に目にしたときよりも美しさを増しているように感じた。
「フレーデガル様?」
イツカに呼びかけられ、はっとする。
そこで、ようやく自分が彼女をぼんやり見つめていたのだと遅れて自覚した。あの短い時間で虜にされるとは完全に予想外だった。
気を取り直すために小さく咳払いをし、止まっていた足を再度動かして室内へ足を踏み入れる。一歩、二歩、しっかりと床を踏みしめてイツカの傍へ移動する。
すぐ間近で見るイツカの両目はしっかりと開かれ、フレーデガルの姿を映し出している。かれこれ三日も眠り続けたイツカの姿を見ていたからか、彼女の目がもう一度こちらの姿を映しているというだけで強い歓喜が己の胸に広がっていくのを感じた。
ベッドの傍に置かれていた椅子へ腰かけ、フレーデガルは口を開く。
「本当に目覚めてよかった……イツカ様、具合はどうですか? 具合がおかしいと感じることはありませんか?」
「はい。今日一日は安静を言い渡されていますが……このとおり、具合が悪いということもなく元気です。ご心配をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。フレーデガル様」
「いえ、お気になさらず。イツカ様がご無事ならそれ以上に安心することはありませんので」
返事をしながら、フレーデガルは己の視線の先にいる少女を静かに見つめる。
己とは反対の色を宿した、青い海を連想させる目。彼女の目を見ていると、はじめて出会った瞬間を何度でも思い出す。
あのときは見知らぬ令嬢に突然声をかけられて驚いたが、あの出会いがきっかけとなり、今があるのだから少しだけ不思議な気分になる。
何か言葉を紡ごうと口を開き、けれどイツカが眠っていた間に何度も味わった罪悪感がじわじわとフレーデガルの胸の中に染み出してきた。あのとき感じていた苦い思いを忘れるなとでも言いたげに。
「……フレーデガル様? どうかされましたか?」
表に出たのはほんのわずかな表情の変化。
だが、イツカの目にはしっかりと違和感として映ったらしく、どこか心配そうな声色で問いかけてきた。
(……本当に、よく気がつく人だ)
人とは異なる目を持っているからか、純粋に彼女が観察力に優れているだけか――はたしてどちらなのかはわからない。もしかしたら、両方かもしれない。
人によっては落ち着かないと感じるところだろうが、フレーデガルにはイツカの観察眼の鋭さが少しだけありがたかった。
何か変化があったら気づいてもらえる――フレーデガル自身をきちんと見てくれているかのようで、なんだか嬉しくなってしまうのだ。
「いえ……あまり大したことではないのですが」
フレーデガルは今回のことについて、イツカが目覚めたら謝罪したいと思っていた。
イツカもフレーデガルの様子がいつもと異なると気づいてくれた。
だとしたら、謝るチャンスは今しかないだろう。
軽く深呼吸をし、罪悪感やわずかな緊張で早鐘を打つ心臓を落ち着かせる。イツカが目覚めたら口にしようと思っていた一言を紡ぐのが妙に難しく感じられた。
「……今回のこと、本当に申し訳ありません」
発した声は思っていたよりも小さかったが、傍にいるイツカの耳にはしっかり届いていたようだ。
彼女の青い目が丸く見開かれ、きょとんとした顔になる。こちらを見据える青い目の中には、純粋な疑問の色が宿っていた。
この先の言葉を口にしたら、彼女の目は曇ってしまうだろうか――わずかな疑問を覚えながらも、フレーデガルは言葉を続ける。
「今回のこと、私が引き金となっている可能性があります。……本当に申し訳ありません」
わずかに乾く唇で言葉を紡ぎ、静かに目を伏せる。
フレーデガルはそれっきり唇を閉ざし、イツカも同様に何の言葉も発しない。部屋を満たすのは時計から奏でられる時を刻む音のみ。
フレーデガルにとって重苦しく感じられる静寂が二人の間に広がった。
「……フレーデガル様」
イツカが再び言葉を紡ぐまで、時間にしてたったの数分程度。
けれど、イツカが返事をするまでの間、とても長い時間が経っているかのように感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます