5-4 噛みつき姫の真実探し

「使役する際、術者は望んだ形を作り出した怪異に与えられる。憑き物に似た姿をしていたのなら、術者が憑き物にそういった形を与えたんだろう。具体的にはどんな形をしてた?」

「ええと……狐に似た姿です。でも、狐と言い切るには違和感を覚える姿をしていた記憶があります」


 あのときは、狐に似た憑き物とよく似た何かとしか認識していなかったけれど、コウカから話を聞いた今では狐の憑き物という形を与えられていたのだろうと納得できた。

 コウカも同じことを考えたのだろう、どこか納得したような顔で小さく頷いた。


「狐に似た姿なら、狐の憑き物という形を与えたんだと思う。憑き物は人に憑依するものだから、使役するときに扱いやすいと考えたんだろう」

「……それで、あのような姿をしていた、と」


 小さく言葉を発したイツカに、コウカが頷いた。


「おそらく、ネッセルローデ領を襲っている呪詛は人工的に作られた怪異を使役し、送られたものだ。一般的な呪詛と異なる特徴を持っているのも、狐の憑き物に似た何かを目にしたのも、こう仮定したら全てが納得できる」


 確かにそれなら納得できそうだ。

 けれど、人工的に作られた怪異を使ったものが呪詛の正体であるなら、怪異を作った人物がいる。寄せ集めて作られた怪異が自然発生するなんて考えられない。


「……なら、ローレリーヌさんが犯人……?」


 だが、ローレリーヌが犯人だと考えるのはどうしても納得がいかない部分がある。

 何度考えても、フレーデガルへローレリーヌが呪詛を送る理由が思いつかない。

 ローレリーヌ本人から何か話を聞けたら変わるかもしれないが、少なくとも今の段階では彼女が犯人であると断定するには早いのではと思ってしまう。


 彼女の部屋から呪詛に関する本が見つかっていて、彼女本人も呪詛の影響を強く受けていた。あの本を何らかのルートで発見し、人工的に怪異を作って使役しようとした結果、ローレリーヌ本人が蝕まれた――と考えれば自然かもしれないが。


(けれど、やっぱりどう考えてもローレリーヌさんがフレーデガル様を呪うとは思えない)


 使用人たちに慕われている彼を、ローレリーヌが何らかの恨みを抱いて呪詛をかけるとは思えない。

 それに、素直に彼女が犯人だと考えるのは、あまりにも出来すぎているようにも思える。


「……素直に考えたらそうなるだろうけれど、僕は少し考え直したほうがいいように思う」


 わずかに目を細め、コウカが深く息を吐き出す。


「あまりにも証拠が揃いすぎている。出来すぎている。……誰にでも人工怪異を作り出せるかのように書かれている本が手元にあったとはいえ、ただの使用人が人工怪異を作って使役するのは不可能に近いんじゃないかと思えてしまう」


 どうやらコウカも近いことを考えていたらしい。

 自分よりも呪詛や穢れに関して詳しい彼も近いことを考えていたというのは、なんだか少しだけほっとするものがある。己の考えは間違っていないのかもしれないと思えて。

 コウカの指先がとんとんと本のページを再度叩く。


「僕はこう考える。呪詛を飛ばした犯人は別にいて、ローレリーヌさんはスケープゴートになっている。あからさまに怪しい人物がいれば多くの人間はそっちを怪しいと考えるから、ローレリーヌさんを身代わりにして自分は呪詛を送り続ける……こういう作戦で動いているのではないか、と」

「第三者が裏にいる可能性……」


 コウカの声を聞きながら、イツカも改めて考える。

 彼の考えは少々穿った見方による考え方だ。場合によっては深読みしすぎている可能性もゼロではない。

 だが、現状手元に集まっている情報や印象を元に考えると、真犯人が別にいてローレリーヌはスケープゴートになっていると考えたほうが納得できた。


「とはいえ、僕の考えも呪詛を受けていた本人の言葉がない状態で出したものだ。まずはローレリーヌさんと改めて接触して、彼女から話を聞くのがいいと思う」

「そうですね、わたしも一度ローレリーヌさんからはお話を聞きたいと思っているので……そうします」


 ローレリーヌから話を聞くことができれば、真実を見つけるための材料がさらに増える。

 本についての話題を彼女へ振り、どのような反応をするかで犯人かどうか絞り込むこともできるはずだ。

 紅茶を口に運び、ほうっと息を吐く。コウカと話しながら持っていた情報を整理できたこと、そして血を分けた家族であるコウカと言葉を交わせたことで、安心するような思いが胸の中に広がっていた。


「ありがとうございます、お兄様。わざわざ足を運び、お話を聞いてくれて」


 感謝の言葉を口にする妹へ、コウカも緩く笑みを浮かべて言葉を返す。


「いいや、イツカが僕を頼ってくれて嬉しかった。突然の来訪を許してくれたネッセルローデ侯爵様にもよろしく伝えておいてくれ」

「はい。もちろんです、お兄様」


 そのときは、自分からも改めて感謝の言葉を伝えよう。コウカが突然来訪することになっても、フレーデガルは快く頷いてくれたから。


(一緒に何か持っていこうかな。お茶か、お菓子か……お疲れかもしれないし、両方セットで持っていってもいいかも)


 フレーデガルが喜ぶ様子を想像し、イツカはひっそりと笑みを浮かべる。

 彼が喜んでくれる姿を思い浮かべると、不思議と心がふわふわとするような暖かい気持ちが広がった。

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