5-3 噛みつき姫の真実探し

「イツカ。ローレリーヌさんだったか、その使用人の部屋で呪術に関する記述がある本を見つけたって言ってたよな? 中身は全部見たか?」

「え? いえ、あとでゆっくり中身を見ようと思っていたので……中身をぱらぱらと確認しましたが、じっくりとは」


 イツカは首を左右に振りながら答える。

 どのような本か中身を見ているとはいえ、じっくりと中身を読み込んだわけではない。後々でゆっくり読もうと思っていたため、あの場ではどのような内容の本なのか簡単に確認することしかできていない。

 イツカの返事を聞いたコウカは、何やら考え込んだあと、小さく頷いた。


「少し見せてくれないか?」

「ええ、可能ですが……」


 コウカにも話を聞いてみたいと思っていたため、本は手元にある。

 やはり呪術に関する記載がある本なら、コウカも気になるのだろうか。内心首を傾げながら、イツカは自身の荷物から持ち出した本を取り出した。

 改めて見てみると奇妙な本だ。黒い無地のブックカバーでタイトルを確認できなくなっており、不気味な印象が強い。あのときは気づかなかったが、よく目を凝らしてみると黒い靄がうっすらと付着していた。

 なるほど、あのときイリガミ様が反応したのも納得ができる。


「こちらの本になります。タイトルは確認できないようになっているのですが」


 イツカの手が本をテーブルに置き、そのままコウカのほうへ押しやるように滑らせる。

 そっとイツカの手が離れ、入れ替わるようにコウカが本を手に取った。小さな声で一言、二言、何か言葉を呟いて本に付着していた黒い靄を――呪詛を吹き飛ばす。

 ただの本になったそれを開き、ぱらぱらとページをめくっていく。


 本当に読んでいるのかと疑問に思う速度だが、コウカの目は絶えず文字を追うように動いており、彼がきちんと中身に目を通しているのがわかった。

 ページがめくられるたび、紙と紙がこすれる音が空気を震わせる。

 本を読み続けていたコウカがぴたりと動きを止めたとき、ずっと閉ざされていた彼の唇がわずかに開いた。


「あった」


 はつり。言葉が落とされる。

 ぱっとイツカがコウカのほうを見ると、コウカが開いたページをイツカへ見せた。

 イリガミ様も興味があるらしく、イツカの隣に飛び乗ってくる。

 イツカとイリガミ様、二人で覗き込んだページには目を疑うかのような内容が綴られていた。


「……怪異を使役して呪詛を送る……?」


 呪詛や穢れが属する世界の中で、もっとも強い力を持つもの――怪異。

 その存在の恐ろしさ、厄介さはクラマーズ家の中で長く語られ続けているものだ。

 イツカと一緒にいてくれているイリガミ様だって、怪異の一種であると主張する人が多い。故に、クラマーズ家では生まれてきた子供たちにはもちろん、屋敷で働く使用人たちにも怪異という存在の恐ろしさと厄介さを語り聞かせ、もしものときでも落ち着いて対処できるようにしている。

 その中でイツカが聞いたのは、『人が怪異を使役するのは不可能に近い』ということだ。


(怪異はただの呪詛よりも、穢れよりも、そして人間よりも力が強いもの。力のある術士だって、完全に怪異を従えるのは不可能に近いって……お父様とお母様は言ってた)


 ところが、開かれたページには怪異を使役し、他者へ呪詛を送る方法が記されている。手順を守れば誰にでも使役できるかのような書き方で。こんなものを読めば、知識がない人間なら怪異の使役が容易であるかのように錯覚してしまうだろう。

 コウカの手がイツカとイリガミ様に見せているページを開いたまま、本をテーブルに置く。


「イツカ。お前も知っているように、怪異は基本的に使役が不可能に近い存在だ。力のある術士であったとしても、怪異を完全に使役するのは非常に難しい」

「……はい。お父様とお母様からそう教わりましたし、お兄様もそう教えてくれましたよね?」


 イツカの言葉に、コウカが頷く。


「けれど、怪異を使役することができる方法はある。実際には完全に使役しているわけではないから、正確には怪異を使役しているかのような気分を味わえるという感じだが」


 開かれたページをとんとんと叩きながら、コウカは話を続ける。


「この本にも最後のほうに記されていた。今回の騒動の犯人は、おそらくこれを読んで怪異を使役し、ネッセルローデ領に呪詛を飛ばしているんだろう」

「……その、記されていた方法とは、一体」


 イツカの喉から発された声は、緊張で固くなっている。

 身体も緊張し、余計な力が入っている。心拍数も自然と増加して、今の己が緊張状態にあるのを自覚させてくる。

 隣にいるイリガミ様も、普段より険しい顔をしているように見えた。

 緊迫した空気で満ちる中、コウカが浅く息を吐きだし、答えを口にした。


「人工的に怪異を作る」


 コウカが口にした言葉をすぐに理解できず、イツカの頭の中が凍りついた。 

 人工的に――怪異を、作る。人の手で怪異を作り出す。

 蠱毒のように、人為的に呪詛を作ることはできる。だが、人為的に怪異を作り出すだなんて本当にできるのだろうか。


(不可能にしか思えないけれど)


 だが、コウカは真剣な場面で悪質な嘘をつくような人間ではない。

 信じられないけれど、信じたくないけれど――可能なのだろう。人為的に怪異を作り出すことが。


「元々は呪詛の力を強めるため、考案された方法だ。一つの場所に種類が異なる弱い呪詛を集める。集めた呪詛は行き場をなくし、互いを喰らい合い、異なる形に変質し――その新しい性質を持つ怪異になる。これが人工的に怪異を作る方法だ」


 イツカは幼い頃から呪詛や穢れについての知識はもちろん、怪異に関する知識も持っている。

 だからこそわかる。人工的に怪異を作る方法が、いかに狂気的で異常であるかが。

 一つの場所に呪詛を集めるという時点で異常だし、呪詛の力を強めるためにこんな方法を行い、記録として残されているというのも異常だ。

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